水口さんの声で我に返った。あ、そっちか、と思った。人生の終盤を迎えた彼には、また別の感慨があるらしい。
「目にできるものだけが、絆で結ばれているわけじゃないんだな」
虚空に向けて話しているから、自分に向けた言葉なのだろう。いつかのおばさんとの会話が耳に浮かぶ。家族を失って、未だ立ち直っていない独り暮らしの老人。あの日、おばさんが語った悲話は、本当のことなのだろうか。
こういった大人的な比喩は理解できないのか、アツシくんは表情を消して突っ立っている。もっとも、大人の機微を何もかも読み取られては、こちらの立つ瀬がないのだが。
「北海道にいらっしゃるお孫さんとも、見えない絆でちゃんと結ばれているってわけですね、フォーマルハウトみたいに」
我ながら嫌な性格だなあ、と思いつつも知らないふりをして探りを入れてみた。ところが水口さんは、こちらの邪(よこしま)な企みなど欠片も疑わず、真っ正直に、相手が気後れするほどストレートに秘事を打ち明けたのだった。
「もう孫はおらんのです。先日は偽りを言いました。堪忍してください」
辛いことを思い出させたみたいだ。やはり他人のプライベートになど、興味を持ってはいけない。これではあのおばさんと、どこも違わないじゃないか。
「孫は、息子夫婦とともに逝っちまいました。あの事故以来ワシは、なんもする気になれず、無為な時を送る毎日だったんです」
「事故、ですか」
「はい。帰省の途中でした」
やはり本当だったようだ。わけ知り顔で頷くこともできず、わたしは、眉尻を下げただけの曖昧な表情で黙り込んだ。沈黙を傾聴の意思と取ったのか、水口さんは、過ぎにし日々の種々(くさぐさ)を、問わず語りに話し始めたのだった。
次回更新は8月7日(金)、11時の予定です。
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