妻がいた頃、私は「父親」として、息子との関係を補佐する立場にいたのだろうか。
運動会のビデオを撮り、参観日の写真を撮り、じじばばの送迎を引き受ける。
直接的な感情の矢印は、いつも妻と息子の間を行き来していた気がする。
私は、その横で、二人の間に流れる空気をなるべく乱さないように立っているだけだった。
ゲスト。
今もなお、私はゲストであり続けているのかもしれない。
洗濯機の停止音が、二度目に鳴った。
少し間をおいて、乾燥機に切り替わる機械音が続く。
「……そろそろ、いいか」
設定画面を閉じようとして、ふと別の項目が目に入った。
『会話ログ』
その文字列に視線が引っ張られかけて、私は慌てて目をそらした。
アラタとミユの会話の記録が、そこに保存されているのだろう。
日時と、発言の要約、感情の変化グラフ。
そういったものが一覧になって表示される光景が、容易に想像できる。
覗こうと思えば、覗けてしまう。
だが、それをしてしまった瞬間に、自分が何か取り返しのつかない線を越えてしまう気がした。
子どもの頃、アラタの机の引き出しを勝手に開けたことがある。
テストの答案用紙や、友達からの手紙がまじりあった中に、小さく折りたたまれた紙片があり、「開けるな」と殴り書きされていた。
その文字を見た瞬間、私は引き出しを閉じた。
今思えば、それは自分の良心というより、臆病さのほうが勝っていただけだろう。
それでもあのとき、紙を広げなかったことを、私はいまもどこかで誇りに思っている。
会話ログのリンクは、アラタの引き出しの奥にあった紙片と同じ匂いがした。
私は、視線を「戻る」に移した。
『設定を終了しますか』
確認のメッセージが出る。
「はい」を選ぼうとして、そこで、少し考え直した。