【前回の記事を読む】見知らぬ老婆を殺害したが、理由も罪悪感もなかった。だが、その代わりに「自分が死んだ」という異様な感覚が襲ってきて…
第三章 仮説
ドストエフスキーは、『作家の日記』において、この時ベリンスキーから受けた賞賛と激励が「自分の生涯における荘重な瞬間、いわば一つの転機」となり、「自分はベリンスキーの賛辞に値する人間になろう」と誓ったと、回想している。
ベリンスキーの賛辞とはどのようなものだったのか、『作家の日記』から引用しよう。
「君は物の本質に直接触れたのです、最も重要なことを啓示したのです。
われわれ、評論家・批評家たちは、ただそれを考察して、言葉で説明しようと努めるだけだけど、君がた芸術家は一線一画をもって、ただちに形象の中に本質的な真髄を示し、手に触れるがごとく感知させ、どんな思索に縁遠い読者でも、忽然(こつぜん)といっさいを悟ることができるようにするのです!
これが芸術の秘密であり、芸術に表現されたる真実であるのです! これこそ芸術家の真理に対する奉仕の方法です! あなたは芸術家として真実を啓示され、告知されたのです、天賦として与えられたのです。だから、この天賦を大切にして、どこまでもそれに忠実にやってゆけば、やがて偉大な作家になるでしょう!」(1)
「形象の中に本質的な真髄を示し、手に触れるがごとく感知させ、どんな思索に縁遠い読者でも、忽然(こつぜん)といっさいを悟ることができるようにする」こと、それが「芸術の秘密」であるとベリンスキーは言った。
このベリンスキーの言葉によって、ドストエフスキーは、自ら『貧しき人々』で無意識に実践した方法論を明確に意識化し、創作原理として規範化したのではないか、と私は考える。その方法論とは、読者が登場人物を「思索によって理解すること」ではなく、その人物の想いを「生身の感覚として共有すること」を促すように書く、というものだ。
もしそうであれば、『罪と罰』においても、作家が読者に求めたものは、ラスコーリニコフに対する「理解」ではなく、むしろ「共感」であった、ということになる。
小林秀雄が「恐らく、作者は、読者の思想の裡にも、同じ触覚が現れることを期待しているのである」と見事に看破したとおりである。
そうしてみると、例えば、前回紹介した江川卓の解釈は、確かに緻密な分析であり、深い洞察であることは疑いようがないが、それを、作者が読者に期待したと考えるのはいささか無理があるように思う。
というのも、江川の解釈に到達するためには、ラスコーリニコフの感覚の描写である「苦しい(ムチーチェリヌイ)」という一般的な形容詞から、その語源である「苦悩(ムーカ)」という名詞のニュアンスを通じて「地獄」を連想し、さらに『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の地獄観(地獄=愛の不能)にまで思い至ることが要求されるからである。
もしドストエフスキーが、理解よりも共感を重視したのであれば、そのような難しい謎ときなど必要としない、もっと単純な、感覚的な、直観的なイメージに訴えようとしたのではないだろうか?