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一九八〇年代に入って私は高校生になった。
いわゆる女子高生。この頃は時代的にもとても華やかで勢いがあり、新しいものが数々日本に上陸した。
まずは赤毛を三つ編みにした女の子がロゴのハンバーガーショップである。高校一年生の私には、お店の雰囲気がとてもおしゃれに感じられた。
その後も続々とファストフード店が誕生し、友達と今日はあそこのハンバーガーを食べて、土曜日のお昼は学校帰りに「シェイク飲んでいこう」とパラダイス状態だった。
更に、コーンの上に自分の好きなアイスクリームをのせてもらえるという、当時としては超画期的なアイスクリーム店も登場した。
食べ物だけではない。洋服は「ハマトラ」が流行った。
「横浜トラディショナル」の略で、お嬢様ルックのこと。私は友達と一緒にハマトラの洋服を買いに行き、次の日それを着て男子校の学園祭に行った。
教室の二階に広い踊り場があり、私達六人ぐらいと男子高生四、五人で話をした。窓から陽が入ってとても明るい空間だった。ある男子が、「喉が渇いたでしょう。何か飲む?」「オレンジジュースとコーヒー牛乳しかないかな」とみんなに声をかけてくれた。それは、三角形の紙のパックに細くて白いストローを刺して飲む、昔の給食に出てくる飲み物のことだった。
「今日は五月だけど暑いしね。何が良い?」と高三の先輩男子が聞いてきた。
「私、オレンジジュース」「私も」と友達が続いて答えた。
最後に私だけがコーヒー牛乳を頼んだ。
実は私はこの三角形のコーヒー牛乳が大好きだったのだ。
後々わかった事だが、私はこの男子高生達の間で「コーヒー牛乳の子」というあだ名を付けられていた。
そう、私は初対面の異性の目も気にせず、好きなコーヒー牛乳を飲むという、男子高生にとっては珍しく、少年っぽい女の子に映ったのだ。
あぁ、恥ずかしい。
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