【前回の記事を読む】中学校は木造建築の2階建て。渡り廊下や踊り場があって、そこで友達とおしゃべりを楽しんだ。そのせいか、私は大人になっても…

丙午と野良猫記

そして毎週木曜日の夜九時から生放送していた大人気の音楽番組。

今週の十位からベストスリーまで、鏡のドアから歌手の面々が登場。時には中継で他の現場へ向かう新幹線に乗るまでの間に歌って、ドアが閉まり手を振りながら去っていったり、飛行機から降りて来てそのまま歌ったり。生放送ゆえのハプニングありスリルありで見ている側はハラハラ、ドキドキ、テレビに向かって一緒に歌を歌って楽しんだ。

その中でも忘れもしないのは『ルビーの指環』。十二週連続一位。私が中学三年生の頃だった。

歌が頭にこびりついて、歌手のサングラスとギターを持って歌う姿が、あまりにも歌詞とぴったりで、「未練タラタラで、ベージュのコートの女性の指にルビーのリングを一緒に探してしまう」空想の世界に、毎週連れていかれるのである。

スゴいと思った。何がスゴいかって?

三ヶ月以上連続で一位を獲り、その後も緩やかに順位は下がるが十位までは毎週出演する訳で、かれこれ半年近くはテレビを点ければこの歌が流れていたのだ。思春期だったこともあり、

「どんな女性だったんだろう?」

「ベージュのコートがよく似合う、髪の長い女性だったんだろうか?」

「アパートでどのぐらい一緒に暮らしていたんだろう?」

「別れの引き際はずいぶんあれだな、あっさりしていたくせに、いつまでも引きずってるな」

などなど情景や背景を目に浮かべ、街に出かけると、表参道辺りの並木道でベージュのコートの女性を見かけるや否や、

「あっ!? あの人かもしれない!!」

と指にルビーの指環を付けていないか一緒になって探してしまう。見つけたら

「歌手のあの人に教えてあげなくちゃっ!」

なんて。お節介まで焼いちゃうほど、自分の日常にこの歌が溶け込んでしまっていたのである。後にも先にもこの歌ほど老若男女を問わず、心の奥に染み込んだ歌はなかったであろう。

私はこの歌がきっかけで指輪に興味を持った。「指環」には「強い結びつき」や「絆」の意味があるが、私は男性に「指輪」を買ってもらうのではなく、自分で働いて自分に似合う、自分の好きな「指輪」を買う事に楽しみを覚えた。

働き始めると、私は仕事の早帰りにデパートに寄って指輪を見るのが好きだった。誰しもわかると思うが、それなりにお金を持っていないと宝石売り場には行かれないものである。ましてや店員さんに声をかけられて、気に入った指輪があったのに手持ちのお金が無かったら、恥をかいてしまう事にもなり兼ねない。