しかし、こういう観察ができたのは仕事に慣れた後の話で、最初、アメリカへ到着して次の日から、働くことになっていることを知った私は、少なくとも最初の二か月くらい、青息吐息で、ただ、その日が終わること以上の望みがない毎日を送る羽目になっていた。

日本の大手建設会社の駐在員に聞いたのだが、日本から若い社員がくると、初めての外国の町なのに、着いたその日から、例えば「ホッチキス」を買って来いと、始めるのだという。

「stapler」という単語すら知らない新人は、時差ボケの頭で、脂汗をかきながら、漸く探し当てた店先で、様々なヴァリエーションで「ホッチキス」を発音することから始め、どうにかそれが買えても、次々、別な使いに出される。

「大概、三日も続けば参ってしまうよ」と建設会社の課長は面白そうに言っていたが、私は、それはそうだよと納得していた。

と言うのも、その三か月前、鬱病も治り、「天使のように自由」な筈だった私は、ひどい時差ボケに苦しめられ、それから、兄のつきっきりの命令で、次の日から、朝の十時前に店へ行ってから、夜の十一時まで休むことない仕事をせねばならない羽目に陥っていたからである。

着いた日はそれでも、兄は「モンテカルロ」に乗せて、ゴールデンゲートブリッジを往復し、サンフランシスコのダウンタウンにある小さなコーヒーショップに入った。しかし、既に時差ボケの始まっていた上に、昔と変わらず兄が急かすので、大ぶりのマグカップでアメリカンを飲んだこと以外、店の様子は何も覚えていない。

その晩は丸焼きのチキンをご馳走してくれて、私の持って行った純米吟醸を飲んでいるうちに、鬱気は少し晴れて来たので、ともかく、その晩は、二人の和やかな会話で終わったと思う。

時差ボケもこの調子でぐっすり眠れば治ると思い、ベッドに入ったが、そんな甘いものではなかった。すぐ眠ったのだが、一時間くらいで、すぐ目がさめ、酒で抑えていた反動で、強力な鬱気が舞い戻り、それから朝まで眠ることができなかった。

そして、そろそろ兄たちも(兄は三年前に結婚して、まだ小さい子供がいた)起き出す頃になると、何か眠くなったが、トーストとコーヒーの軽い朝食を胃に押し込み、十時前に「一寸手伝ってくれや」と言う兄の車に乘って、店に行くと、既に従業員の一人が店で仕込みを始めていた。

30歳くらいの痩せた背の高い、「Cさん」という、その男は私を見ると、何故かひどく喜んでいた。そして、初めての行列ができる店の皿洗いで、鬱気が一気に飛んでしまうほど追い回されていた私を、忙しいウエイターの合間にサポートしたりしてくれた。Cさんの親切な理由は、ランチタイムが終わった後の、遅い賄いの食事の時、初めて分かった。

次回更新は7月20日(月)、11時の予定です。

 

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