【前回の記事を読む】国境警備隊に撃たれながら、河を泳いで逃げた中国人の話をした兄は「それでもアメリカに来い」と言う…20分後、私は……

その3.そしてアメリカへ

40年前、ラーメン、天ぷら、鉄板焼き、寿司等の日本食レストランが、サンフランシスコのダウンタウンでも、合わせて十件はなかった時代から、ラーメン、握りずし、天ぷら、トンカツから日本の居酒屋風のつまみまで揃え、しかも格安で提供していたのだった。

味の方も、サンフランシスコのダウンタウンにある、二倍の値段の日本食レストランより、身内の贔屓目を差っ引いても旨いと思った。いや、ダウンタウンのレストランが不味いわけではなく、独学の兄も格別すごい味を出していたわけではない。

ただ、日本に戻ると、地域の評判の食堂、レストランを食べ歩き、研究熱心だったので、それぞれの料理を、ともかく日本の「まあ上手い」食堂の味、つまり「本物」の味を維持していたのだった。だからウケない筈はなかった。

今でもそうだと思うが、少なくともカリフォルニアでは、ウィスキーや蒸留酒などをハードリカーとし、これらを提供する店では、精々ポテトチップスくらいしか提供できず、食事は出せない。

逆にレストランでは、ソフトリカーであるワインとビールくらいで、しっかりしたランチかディナーを食べながら飲む、あくまで食前酒、食中酒という発想で提供している。

日本酒はソフトリカーに分類されているので、兄の店でも出すことができたが、日本酒はワインより、数パーセント度数が高いだけなのだが、結構、つまみを肴に、酔っぱらう目的で、楽しく飲めるのではなかろうか(当時は、日本でも、まだ焼酎ブームは来ていなかったので、兄の店では出していなかった)。

それで、例えば、近くの白人のペンキ屋のおじさんが、初めて、店に来て、何を頼んだらいいか分からず、私に尋ねて来たので、枝豆、カニカマの天ぷら、もつ煮に酒の熱燗ラージサイズ(二合)を勧めた。

甘い酒だったが、おじさんは「ホットサキ」がすっかり気に入り、ポテトサラダとから揚げと、ラージサキとスモールサキ(一合)を更に注文し、小一時間晩酌を楽しみ、白い肌がきれいに真っ赤になった、いかにも幸福そうな顔で帰って行った。

以来、仕事が終わると、毎日の様に来て、週末には従業員を連れてきて、宴会を開いたりしていた。結構、そういうアメリカ人の常連が何組かできたので、私は日本風の晩酌は普遍性があるな、と確信した。