「開けろ」「いない」の押し問答の末、幾松は近藤勇に向かって「この長持ちを開けて、桂がいなかったら、近藤さま、あんた腹切りや」と抜き身の前で女の命を張った。
恋した人に尽くす女の心情にほだされた近藤はその場を立ち去ることにした。桂がいることはわかっていながらも、見逃す武士の情を近藤勇は持っていた。
今も京都木屋町において料亭「幾松」は営業を続けており、部屋には当時の長持ちが置いてある。亭主はこの逸話を宿泊客に聞かせてくれる。
この実話も、愛する人を命懸けで守り通した女の心意気を示していて、立派な「自己実現」である。
マズローの欲求の段階の一段目の人間の基本的欲求である生命の維持を通り越し、二段目の自己保存の恐怖や危険からの逃避の欲求も眼中になく、ただひたすら自分を犠牲にして愛に生きた最も高次元の願望を果たした例であると思う。
六 「生きがい」と「生きる目的」は違う
このように「生きがい」のある生き方をすることは確かに充実した人生を送ることであり当人にとって幸福な人生に違いない。
しかし、本書のテーマである「生きる目的」というのは、もっと別の次元のところにあって「生きがい」もその中に含まれるが、目的ではないことを区別しておかないと、何かの事情で「生きがい」を失ったりすると、生きる望みがなくなってしまう。
その時、また振り出しに戻って「なぜ生きるのか」という基本的な問題に立ち返らざるを得なくなってしまう。
建築工事に例えれば「生きる目的」というのは基礎工事であって、これがしっかりしていないといくら地上に立派な建物を建てたとしても建具の締まりが悪くなったり、壁にひび割れが入ったり、家が傾斜したり、地震の時に倒壊したりするのでレベルの高い建築業者は見えない所の基礎工事を念入りに施工するのである。
「生きがい」は「生きる目的」の手段であって目的そのものではないとなるともう少し深く掘り下げて考えてみなければならない。
このことは第四章の西田哲学、第五章の釈迦の仏教それぞれから見た「生きる目的」の章で、「生きる目的」の基礎になる部分を明確にしながら論じようと考えている。
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