【前回記事を読む】アンデス山脈頂上付近——彼の手元には、救助弾も食糧も…もう無かった。彼が最期にしたことは自らの遺体を守るための「死の準備」。
第一章
マズローの欲求の段階から見た「生きる目的」
五 人間にとって幸福とはどういうことか
(2)あるパイロットの奇跡の生還
その頃、会社では万策尽きてこれ以上探しても見つかる可能性は低いし、食糧もなく、極寒の中で凍死しているだろうから、葬儀を出すようにとパイロットの夫人に勧めていた。ところが「いえ、主人は必ず帰ってきます」と言った夫人は、遭難以後ずっと祈り続けていた。
一方、パイロットは死を覚悟して胸のポケットから最愛の妻の写真に別れを告げようとした。その時、妻の念力が届いたのか、急に勇気が湧いてきて絶対に生きて還って妻に悲しい思いはさせないと思いを定め、雪山を下りはじめた。
山麓にたどり着くまでにはいくつもの雪の山脈を越えなければならなかったが、ついに雪のない山まで下りてきて気絶していたところを牧童に助けられ生還することができたということだった。
この話は、『愛と勇気の翼』というタイトルで映画にもなっており、素晴らしい作品だった。家族や知人にもぜひ見るようにと勧めたところ、皆異口同音に感動したと述べていた。
これは人の命を夫婦の強い愛の絆が救った例であり、ユングの幸福の条件の三つ目の人間関係の中の愛に該当すると思う。
死を覚悟した時にも強烈な愛の力は人間に秘めた潜在能力を発揮させ超人的な力で死の淵(ふち)から脱出させたのである。
この実話の裏には、この夫妻が愛の絆をいかに培ってきていたかという愛の純粋さがあると思う。
社長から葬儀を勧められても「いえ、主人は絶対に帰ってきます」と信じるほどの強い夫婦愛に私は強く心を打たれた。
むろん、六つの条件の一番目の健康という条件や、六番目の精神的な能力も備えていたことも生還の要因となったと思う。
(3)桂小五郎と幾松の愛
もう一つ、愛の力で命を救った例を紹介しよう。明治維新の元勲として日本史の教科書にも出てくる木戸孝允(きどたかよし)は、幕末の頃は桂小五郎といい、倒幕の急先鋒の一人として幕府から危険視されていた長州藩士だった。
彼が新撰組から常に命を狙われていた京の町で、愛人(後(のち)に妻となる)の幾松が旅館に入るのを近藤勇が見つけた。
今夜は必ず桂がこの旅館にいると確信した近藤は躊躇なくその旅館に踏み込んだ。幾松は咄嗟に桂小五郎を部屋に置いてあった長持ちの中に隠し、その前で三味線を弾きながら小唄を歌っていた。
近藤勇は幾松に向かって、「この長持ちの中に桂小五郎がいるだろう、開けよ」と迫ったが、幾松は「桂はいない」と近藤の要求をはねつけた。