社員が五十数人いるY社で取締役と本部長を兼務するZ氏は、虚勢で頑張る負けず嫌いのV氏に温かい視線を送れる性格の人であった。

私はV氏の未熟さと真剣さに接していると、彼の力不足を彼自身に向かって問題にするのは無理だと思うときがあったが、O氏によれば彼を選んだのはZ氏だということだった。

四十代半ばで子会社の要職に就いたZ氏の振る舞いには、高貴な鷹揚(おうよう)さがあった。

彼と同じ頃に親会社に入社した人は「あの人はお坊ちゃんなんだぜ」と私に教えてくれたが、年長の社員にため口をきいても卑しく聞こえず、上司である自分にまで吠えるV氏を寛大に扱い、非正規の私たちにもそれなりに気を遣うZ氏は、たしかに悪くない意味で育ちの良い人らしく、会社の品位を保つのには適任かもしれなかった。

しかしW社やX社への親会社の出資が無駄に終わる結果を招いたのも、Z氏の品位と甘さであった。O氏の臨時体制下で私が今までの遅れを取り戻そうと働いた頃の勢いを維持できれば仕事は世界的に評価されるレベルに達したはずだが、V氏を任命したZ氏の不見識はその流れを簡単に断ち切ってしまった。

もう一人の取締役であったY氏が私やW社以来の仕事に関心を示し、機会を与えてくれたために私は諦めずに最後まで働いたが、V氏を選んだZ氏の甘さを埋め合わせるには至らなかった。

派遣が実を担当して管理職の正社員が虚に走る体制は結果的に四年も続き、その不合理について考える課題まで私は与えられたかのようだった。見方を変えれば、Y社もW社と同様に決して悪くない組織であった。

親会社の余慶で職場の環境は全体に恵まれており、心に余裕のない人がいるのも豊かさが未熟さを生んだ結果だと思えば納得できるところがあった。

V氏が伝統的な組織で保身に励むのと、P氏やQ氏が若者のように正義感を発揮するのは共通する条件に支えられているらしく、もし不合理を問題にするのであれば、人類は従来の労働観を改めるべきではないかという根本的なところから議論する必要がありそうだった。