【前回の記事を読む】「お父さんが待ってるわよ」料理の手を止めずに母が言った。リビングに行くと、父は読んでいた新聞を畳んで「首尾は?」と一言…

ホームランとフォーマルハウト

父は社会科の教師だ。彼は、市内にある私立高校で、歴史や経済、倫理などを教えている。県内でも有数の進学校で教務主任をしているから、娘に似ず、優秀なのだろう。タカがトンビを産めばこうなる、といういい見本がわたしだ。

「ま、確かに父さんも、今の社会科という教科の在り方には忸怩たる思いはある」

話の腰を折るつもりはなかったが、うまい具合に枝道へ逸れてくれた。父は、社会を論じだすと長い。これが始まったら、早々に退散するのが常だけれど、話題が進路でなくなったことで場の緊張感もいくらか和らいだ。

「とりわけ、歴史だ。歴史を学ぶ意義とは何か、それをわかっとらん教育者が多すぎる」

鼻息が荒くなってきた。しめしめ、とわたしはほくそ笑む。

「関が原合戦はいつ起きた? 戊辰戦争はいつのことだ? 大切なのはそこじゃないだろう。何故起きたか、どんな経過をたどりどのように終結したか。それこそが重要だ。つまり、過去を学ぶという作業は、未来に起こりうる戦を、冷静な判断で回避する能力を養うための自省行為に他ならない」

もう何度も聞いた父の自説だ。ある程度なら諳んじることができるし、近頃では、けっこう正しいこと言ってんのかな、なんて思ったりもする。

「しかるに近頃の社会科教育はなんだ! やれ年号だの武将名だのと、表面の知識ばかりを詰め込んでよしとする。そのくせ期末になると時間が足りず、現代史はおざなりになって読み飛ばしだ」

「太平洋戦争を知らない若者が増えているのはそのせいだよね」

父親を煽るのは本意じゃないが、ここはもう少し熱くなってもらおう。

「そのとおり。父さんの学校は進学校なのに、生徒の中には、戦争は知っていても日本が連合国側に属していたと誤解している者が少なからずいるんだ」

「日本とアメリカが、手を組んでいたと?」

「そうだ。仲がいいのに、どうしてアメリカは原爆を落としたんですか、と真面目に聞いてくる生徒までいたくらいだ」

「そういえばわたしも、明治とか大正くらいまでしか習った記憶がないよ」

「そんな誤った認識を生まないためにも、歴史講義は、現代から過去へと遡って学ぶのが正しい。受験に特化した知識を得たところで、真の歴史を理解するなどできない。戦争の不条理を知らない現代の若者に不知の罪が仮にあるのなら、その咎は、わたしたち大人が負わなければならない」

いい感じだ。この調子で怪気炎を上げ続けて疲れてくれたら、今日のお説教は、疲労サスペンデッドってことでお開きになる可能性が高い。

「今の学生は、歴史の本質を学ぶ機会を与えられず、試験の点数だけで学業成就の可否を判断されている。父さんはそれが気の毒でならない」

「そこまで言うんだったら、お父さんがその教育方針を実践すればいいんじゃない?」

「馬鹿を言うな。父さんだって雇われの身だ、勝手な真似などできんよ」