当今(とうぎん)のオアサヅマワクゴノスクネ大王(允恭(いんぎょう)天皇)は飯豊の祖父、イザホワケ大王(履中天皇)の弟王で、彼女からすれば遠縁(叔祖父)に過ぎない。

とはいえ、今後の成り行きによっては葛城一族の存亡にも関わる事態ともなりかねない大王の不例であることを、飯豊はこのとき知る由もなかった。

今まさに命を終えんとする大王の父はオオサザキ大王(仁徳天皇)、母はソツヒコの娘、イワノ媛である。

彼女は三人の御子を生んだが、いずれもが大王となり、そのうちの一人、イザホワケ大王は蟻の妹を妃とした。

すなわち、葛城一族は大王家の外戚としての絶大なる地位を保ち続けてきたのだが、その末子である現大王は葛城一族の強大化に対して強い警戒心をもち、さまざまな施策をもってその影響力を弱体化させてきた。

事実、大王の妃は非葛城系の王族であり、オオサザキ以降、大王家との血縁関係をもって盤石ともいえる地位を築いてきた一族にとって、「葛城はずし」は由々(ゆゆ)しき事態となっていた。

その大王が臨終を迎えんとする今、蟻の頭の中はだれが次期大王になるのか、そして大王家と葛城一族の関係をいかに回復させるかで一杯だったのである。

「ひめみこ、準備はできましたかな」

蟻の声に飯豊は「あい」と答え、一行は大勢の供とともに忍海にある広大な館を出た。

ここ忍海から大王の飛鳥の宮までは三里ほどの距離がある。急ぐといっても、飯豊の乗る馬を引く従者の歩みに合わせての移動であったから、ゆうに二時ほどかかる。

蟻は、「ひめ、事は急を要しますゆえ、奴(やつがれ)は一足先に宮に向かわせていただきます」と告げ、従者にしっかりと飯豊を護衛するように指示してから、数人の近習(きんじゅう)とともに飛鳥に向け馬を飛ばしていった。

 

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