それを出されると言い返せない。進学を望んだのは、社会に出るのを少しでも遅らせたかったからだ。遊びたかったわけじゃない、将来のビジョンを持たないままで社会に出るのが怖かったのだ。
物心ついた頃は、アイドルになりたいと言っていたそうだ。いくらか現実が理解できる年齢になると、就きたい職業なんてものはなくなった。中学を出る頃には、仕事なんて何でもいいと思うようになった。
だけど、大学進学を望むのなら、それなりの大義名分が要る。将来を見据えて学部を選んだ、という体裁を整えないといけない。だから志望理由は、将来、文筆の世界で活躍したいからということにしている。
進んだのは文学部で、必須の第二外国語は中国語を選択した。理由は簡単、表記が漢字しかないので与しやすいと考えたからだ。
「もっと先を見ろ。お前にだっていつかは、社会の荒波に漕ぎ出す日がくる。父さんや母さんだっていつまでも面倒みられるわけじゃないぞ」
うちの父は人の心が読めるんじゃないか、と時々感じる。ずばりと言い当てられて、少々焦った。
「社会の荒波かぁ。社会って、一番嫌いな教科だったな」
「社会科教師の前でそれを言うか」
「だって、社会科って、歴史とか経済とか、広く世の中の流れを学ぶ学問なんでしょ? それなのに、試験なんて丸暗記問題ばかりだったし」
「暗記もできんやつが言う言葉か」
呆れた、という顔で父は腕を組んだ。
当てつけで言ったわけじゃない。本当に社会科が嫌いなんだから仕方ない。
次回更新は7月3日(金)、11時の予定です。
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