【前回記事を読む】妻が目を付けたのは、美しい少年だった…「ねぇあなた、あの子」それだけで妻の言いたいことは分かった。少年を連れて帰るのだ
第一部 午後六時
「貢ちゃん、みっちゃん、ああ、なんて呼ぼうかしら」
書類にサインする間、貴和子がすでにその少年に身も心も魅了されているのが、卓也には察せられた。そして彼は妻のその様子に一抹の不安も抱かなかった。ようやく貴和子に《子供の母親になるという喜びを与えてやれた》ことに、夫としての幸福以外感じるべきものは何一つなかったからだ。貢の演技力に対する脅威を除いては。
「まるで、天使のようなのよ」
貢を本庄家の養子に迎え、名実ともに一人の男の子の母親になった貴和子は、二週間後、卓也にそう囁いた。念願の母親になり、世にも素晴らしい男の子の世話に明け暮れる妻の表情は、卓也にとって眩しいばかりだった。
「天使って、貢が、かい?」
「もちろんよ。顔も体も心根も、すべてがなんだか少女漫画に出てくる理想の王子様みたいなの。まだ七歳だっていうのに、時々あの子の精神には大人以上の成熟が宿っているんじゃないかと思うほど」
「老成してるってことか?」
尋ねる卓也を即座に否定し、
「老成ということじゃないわ。何というか、私たち生身の人間が、こうあったらいいなとか、こうあるべきだと思いながら到達できない理想の人間像に、あの子はすでに辿りついているような感じなの」
この時の夫婦の会話に表面上は何一つおかしな点も、気にかけるべき点もなかった……と、卓也は思う。妻はひたすら息子となった美少年を褒め称え、妻の手放しの褒めようを夫も微笑ましい気持ちで聞く。
まだ二週間なのだ。どんなに優れた素晴らしい子供だって、毎日顔を合わせて時間を共に過ごしていれば、欠点も見えてくるだろうし、互いの我儘が衝突し、諍いが起こることもあるのだろう。むしろそこからが本当の家族になるためのスタートなのだとも。