【前回の記事を読む】もうペットは飼いたくない——そう思っていた時、迷子の犬と出会った。家族全員で可愛がり、手放せなくなった頃…家のチャイムが……
椿
それは椿の木だった。
つばきはその家が建てられた時、家の敷地の庭に植えられた。その頃(ころ)、家の周りは畑ばかりだった。俗にいう野中の一軒家だった。だからまともに風が、雨がつばきに向かい、時には、強く長く果てしもない苦痛をくらわせたけど、普段は風も雨も極めてやさしく心地良くいてくれた。毎日、毎日、つばきは大好きなお日さまに包まれていた。
しかし、いつしかその家の周りに一軒、そして一軒と、つばきのお家より高い、そしてより高い建物が建った。つばきは恋しいお日さまを求めて、上へ、上へ背を伸ばした。
生きたいよ。咲きたいよう。
この真紅の我が身を、お日さまよ、見て、見てというように、つばきはずんずんずんずん背を伸ばした。春、夏、秋そして時に過酷な冬、台風とか大風、大雨それに何より、どんなに背伸びしても追いつけない、ずうっと高い、マンションとかいう建物がつばきの家の周りに競うように建ち、お日さま第一の椿の木にとっては厳しい状況になっていった。
その家には「じろうさん」と奥さんから呼ばれている、それなりの風袋の三十歳位のだんなさまがいた。奥さんは少し可愛いかなと、その頃、大体つばきは思ったものだった。そんなご夫婦が住んでいた。
奥さんはお花が好きで、いろんな植物を椿の木の周りに植えた。
つばきは、植えられて一年位で去っていく草花を好きになることが出来なかった。別れが怖かったのだ。とても、辛かった。
でも同じ時期に植えられた木蓮には友情を感じていた。木蓮は草花のようにすぐにいなくならなかったからだ。木蓮はウットリしてしまうような美しい大きな白い花を毎年咲かせていた。木蓮とつばきはすぐにお友達になった。周りに陽を遮る建物が出来るまでは、木蓮は元気そのものだった。
その頃つばきが話せる相手は木蓮で、木蓮もまたつばきだった。つばきはこの庭にどうして来たか誰がつばきを植えたか、とか、木蓮もまた、その純白美ゆえの黄ばむ悩み、木蓮のつばきへのやさしい気遣いとか、たわいのない会話をしながら、日だまりの中、つばきと木蓮は過ごした。
つばきがお日さまの光が届かなくなったと感じるずっと前から、つばきはそんな木蓮の異常に気づいた。木蓮もまた気づいていて、つばきにお別れを言った。それから木蓮は高い背丈としっかりしていた幹を持っていたのに、まさに、あっけなく溶けるように姿を消してしまった。多分木蓮はよりお日さまの力がなければ生きられない命だったのだろう。
それからつばきは、もうお友達を求めなくなった。