第二項 人間存在の本質

人間は社会的動物であり、人間というものは、未熟で、不完全で、不確実で、存命する限り煩悩によって日々不完全燃焼せざるを得ない半死半生の存在なのだ。

人間存在の本質は、人間が社会的動物であるということ。

人間は、単独では生きられず、集団をつくって生存闘争を繰り返す。

人類の歴史は戦争の歴史であるといわれているほど争いが終わることはない。

しかし、人間には知性や理性、心情などがあり、必ずしも戦争ばかりしてきたわけでもなく、平和を望む声も多い。

人類学では、肉食系で争いを好むクロマニヨン人の子孫でもある人間に、草食系で平和を望むネアンデルタール人の遺伝子が混入したのではないかという説が興味深い。

また、人間の本性からその本質を突いている言葉がある。

「われらが身には、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ、

おほくみちみちて、ひまなくして、とどまらず、きえず、たえずと」

『浄土真宗聖典』(3)

これは決して他人事ではない。我が身のことだ。お金がなければ欲しい、お金があればもっと欲しい、隣の家の芝が青ければ、うらやむどころか、枯れればいいのにと、時に思ってしまう。

悪口や噂話を言われれば腹が立ち、友人が受賞すれば、おめでとうと言いながら、腹の内は此畜生(こんちくしょう)である。

本当にどうしようもない人間であることに気づかされた。

「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、

ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそやむ。

これは永遠の真理である」

『ブッダの真理のことば感興のことば』(4)

人間というものは、未熟で、不完全で、不確実で、存命する限り煩悩によって日々不完全燃焼せざるを得ない半死半生の業熟体的存在であるが、命終(みょうじゅう)によって完全燃焼され、完死されるのだ。