【前回の記事を読む】世の中の犯罪の多くは、脳のある部分の暴走によるものとされている。現実と幻を錯覚する恐れがある、その部位の名は……民族や文化、国家にかかわらず、歴史を超えて人間が人間であるべき姿が人間の本質である。だから、国や言語、民族が違っても、時代を経ても人間の本質は変わらない。「人間には真実はないというのが人間の真実相である」村上速水『親鸞教義の研究』(1)と言わざるを得ない。人間である…
[連載]我が人生の帰趨
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第7回】丸田 和夫
肉食を好んだクロマニヨン人に、草食に適応したネアンデルタール人の遺伝子が混じった結果…現代人の中に残された“矛盾”とは……
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第6回】丸田 和夫
世の中の犯罪の多くは、脳のある部分の暴走によるものとされている。現実と幻を錯覚する恐れがある、その部位の名は……
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第5回】丸田 和夫
こころの状態をコントロールするのは難しい――山頭火は『或る時は菩薩、或る時は鬼畜、それが畢竟人間だ』といって…
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第4回】丸田 和夫
脳内では常時五人の生きたい自己が巡りめぐっている。「だた生きていたい」、「たくましく生きたい」、「うまく生きたい」…
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第3回】丸田 和夫
五十歳で転機を迎えた理学療法士が見出した「真実に生きる」とは何か? 自己と人生の根本的問いと救いのかたち
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【第2回】丸田 和夫
人工呼吸器につながれた師が死の床で残した声は――「マルタクン、タンニショウヲヨメ…」
-
エッセイ『我が人生の帰趨』【新連載】丸田 和夫
真実に生きるとはどのようなことなのか? 真実に生きるとは、真実をよりどころとして生きること