【前回の記事を読む】彼は車内で絶望した――元カノの家が近くなるほど心臓が脈打ち、これから訪れる現実を想像すると、吐き気がしてきて……
第六章
「飴舐める?」
ふいにかけられた声に、横を見ると、並んで座る明里さんがカバンから飴を取り出している。
「ちょっと楽になるよ」
「ありがとう」
明里さんがくれた飴はいちご味だった。口に入れると、ほのかないちごの甘味と酸味がちょうどいい具合に広がる。舌の上を転がる飴は、歯に当たるたびにカランカランと音がする。その音が早まる鼓動と気持ちを鎮めてくれた。自分一人では飴なんか舐めないから、なんだか懐かしい味がした。
「飴舐める?」
土手に並んで座っているとき、遥香はよくそう言って飴をくれた。女性の化粧用ポーチに飴玉がぎっしり入っていたのを思い出す。
「なんでそんなに持ってるの?」
「美味しいからだよ」
まるで、飴を持っていない僕の方が変だというような表情で、こちらを見つめる遥香は自分も一粒口に放り込むと、「美味しいね」と言った。カランカランという音を二人で楽しんだ。こういうとき、だいたいは一粒で終わらず、いろんな味を二人で共有した。
一人でいるときに舐めてみたことがある。でも、同じ味のはずなのに、風味はすぐ消えるし、カランカランと歯に当たる音がうっとうしく感じた。
僕はそのとき気づいた。飴の味は変わらないのだ。でも、大切な人と飴を舐める時間を共有することが、僕の心を温かくし、まるで飴が美味しいように感じさせるのだと。
飴が小さくなるのにつれて、カランカランという音も小さくなっていく。やがて、聞こえなくなると、遥香が遠く離れて消えてしまったように感じる。
「おーい」
突如として、耳元で大きく響く声に、尻が飛び上がりそうになる。
「え、なに」
「なにって、もう着くんだってよ。どこで降ろしてもらうのがいいの? 私わかんないんだから」
前を見ると、タクシーの運転手が徐行しながら、辺りをきょろきょろと見渡している。