「すみません。私も土地勘があまりないものでして」
困ったように笑う運転手に、僕は指示を出した。
「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」
タクシーを降りると、明里さんが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事」
「どうせ、なんか昔のこと思い出してたんでしょ」
「え?」
明里さんにはすべてお見通しらしい。少し恥ずかしい気持ちを抱きながらも、遥香の家へと向かった。
「ここが遥香さんの家? 立派だね」
東京の高級住宅地にあれば、他の家と大差はないのだろうが、台風が来たら簡単に飛んでいきそうなボロボロな家もある田舎の中では、かなり立派な家といえる。
「ちゃんと挨拶してきなね」
明里さんは僕の背中をポンと叩く。
「一緒に行かないの?」
「はあ? 当たり前でしょ! 元カノに会うのに、女の子連れて行くってどんな神経してんのよ!」
今度は強く背中を叩かれた。
「いや、てっきり一緒に来るもんだと」
「そんなわけないでしょ。ばかじゃないの? 私はどっか適当にふらふらしてるから、ゆっくり話してきなよ。なにかあったら連絡して」
そう言うと、明里さんはこちらに背を向けてすたすたと歩いて行ってしまった。急に一人になってしまった不安がどっと押し寄せてくる。どうしよう。今日は一応、手土産を事前に買ってきておいた。なんの意味もなさないかもしれないが、ないよりはいいだろう。今日は羊羹だ。