【前回の記事を読む】亡くなった恋人との間に、知らない子どもがいた――彼女は家族に「出産も私の死も言わないで」と頼んでいて……

第七章

「遥香さんからの手紙には、僕に自分に構わずに生きていってほしいと書いてありました。それが遥香の願いだとしても、僕にはそれができる自信がありません。遥香さんと僕の間にできた子供のことも、考えずに生きていくなんてできないと思います」

僕がぽつぽつと話す弱気な言葉を受けて、由紀子さんは衝撃的なことを口にした。

「会っていく?」

「……え?」

「あなたの子供でしょ? 会っていく?」

「いいんですか?」

「今のあなたなら、いいんじゃないかと思って。ね? お母さん」

由紀子さんに問いかけられた、遥香の祖母も深く頷き、「もちろん」と言った。

由紀子さんは、スマートフォンを耳に当てると、席を立って通話を始めた。遥香の父親が公園に連れ出しているそうで、今から帰ってくるという。

それから五分ほどして、車が止まる音がすると、玄関の扉が開かれた。

「ただいまー!」

幼い女の子の声だ。これが遥香と僕の子供……。

どたどたと玄関を走る足音が聞こえる。

「ただいま!」

リビングに裸足の女の子が入ってくる。肩まである黒い髪をツインテールにした女の子は、笑顔で飛び込んできた。えくぼは遥香によく似ている。

「ほら、まずは手洗いとうがいでしょ?」

由紀子さんが言うのに対して、「はーい!」と元気いっぱいに返事をした女の子は、僕を見つけると、「だれ?」と訊ねてきた。遥香そっくりのくりんとした丸い目は、遥香に見つめられているかのような錯覚を生じさせる。そのせいで、僕の身は固まってしまった。

「いいからいいから。おばあちゃんと手を洗いに行こうね」

由紀子さんは席を立つと、女の子の手を取ると、リビングを出て洗面室へと向かっていった。

「元気いっぱいでしょ?」

遥香の祖母が笑顔で声をかけてくる。

「本当に、元気で」

「私もよく一緒にお散歩に行くんだけど、もう元気すぎて疲れちゃうのよ」

困ったように言う彼女の顔は、まったく困ったように見えない。

「ただいま戻りました」

続けてリビングに遥香の父親が入ってきた。三年ぶりに会った彼は、あの日とは違う穏やかな表情を浮かべていた。

「あの、お邪魔しています。この度は……」

「聞いてますよ。妻から一通りのことは。よく来てくれたね」

「あの、本当に申し訳ございませんでした」

遥香の父親は少し黙って下を向いた後、顔を上げて、頭を横に振った。

「この数日のことは妻から聞いて知っています。遥香に向き合ってくれたみたいで、ありがとう。正直僕も複雑な気持ちではいるんですが、君がいなかったら、あんなに可愛い孫には会えなかった。そこは感謝しています」

遥香の父親は、爽やかな顔を見せると、洗面室へ向かった。