「染め衛門さん、テレビはちょっとしか見ないって言うから。……そのちょっとの間に映れるようメディア露出増やしたんです。何かで見てもらえてたんですね、よかった」

手を伸ばしたら触れてしまうこの距離でそんなことを言われるのは危ない。

微笑むな。そんな甘い顔で。

ファンでなくともファンと言いたくなってしまう。

「このオフ会に間に合うように急いで仕事終わらせて来ましたよ」

まったく、と。溜息をつかれた。息をつきたいのはこっちだ。なんなんだ。

「生姜はともかく、赤く染め衛門って名前で女の人だって思ってたから、これは危なそうだなって」

「……ああ」

気付いてくれたのか。

理解してくれたのか。

「赤染衛門、女流歌人からとった名前でしょ?」

頷く。さっき気付かれなかったのに。

自分が布に散りばめた石に気が付いてもらえるとこんなにも嬉しいのか。

息を呑んだ私とは裏腹に、彼は滑らかに喋り続ける。

「現地に行ったら女の人は一人だから分かりやすかったですが、思っていたより若いしでびっくりしましたよ」

そう言うと、ぐいと持っていた飲み物を飲み干した。

「しかも最寄りの店っぽいスーパーの名前があるお弁当晒してるしで、それもびっくりしました」

あんな数分で消した投稿も見ていたのか。

私ももらった飲み物を飲み干す。乾いた喉に砂糖は焼け付くようだった。

「熱心なファンは危ないんですよ、僕みたいに」

分かりましたか? と言ってくる。唇は今夜の月の形。

分からないです、と首を振った。だってそうだろう。

それもいいなあ、と一度頷いた。意味が分からない。

「ちなみにイチゴ牛乳とカフェオレの選択肢で合ってました?」

だからなんで私が好きなものを知っているのか、と。

さっきから浴びる言葉への理解が追いつかない。なかなか言葉が出なかった。

それでもなんとか、正解です、と答えれば、ふう、と彼の口から空気が抜けた。

「よかった。……初めてお会いするから緊張してたし敬語になっちゃったけど、ちょっと気を抜いていい?」

「まあ……多分年上ですよね?」

敬語が抜け、話した時間でカルキが抜けたようだった。

私もどこか喋りやすくなった気がする。

「はは、新鮮な反応だ。僕は詠人、二十五歳。言偏に永遠、詠む人で詠人」

手を差し出された。

薄暗い中でも、爪の先まで綺麗なことが分かる手だった。

「どうも。染め衛門改め志乃葉です、二十です」

その手は取らずに後ろ手で頭をかいた。

会釈をすると彼が出していた手を口に当てて、わかっ! と驚いた。

それはさっき見た普通の人たちと同じ反応だったから、今度は私が笑ってしまった。

「っていうか本名だよね、それ。すぐ教えちゃダメだよ、危ないよ」

危惧なんてまったくしていなかった。

だってもう、このやりとりで空気が凪(な)いだ。