【前回の記事を読む】ある晩猛烈な熱で目を覚ますと、右半身に痺れが…病院へ行くと、レントゲンの片肺が真っ白になっていて…
2.そして私は、土建屋に入った。
気性が荒く、あんなに見事にまさに雷のような大声で、いきなり怒鳴りだす人は見たことがなかった。だからその度に、たたきつける事務所の電話は全てどこか欠けていて、時々、新しいのに買い替えねばならなかった。私も三度ほど、社長が唸り声をあげ、「今から行くから、待ってろよ」と電話を叩きつけた後、彼を乗せて、その電話相手のところへ向かったことがあった。
一度は東京電力の営業所で、「電柱の位置が」どうとかと言って、雷の大声でいきなり唸ると、営業所の全員の動きが一瞬で止まった。次に、建築資材の会社で「人を詐欺師呼ばわりするとは何事だ」と吠えたが、行ってみると事務所は既にもぬけの殻だった。
もう一人は県下の名門、T高校の校長で、卒業生への訓示で勉強をしっかりしないと「土木作業員」でもやるしかない、と述べたと書かれた新聞記事を読み、「教育者が何事だ」と大声で唸った。
だが、即、T高校に電話すると、商社の営業時代の丁重で穏やかな口調で、相手が疑うことなく、校長に取り次ぎ、校長が出ると、まだそのままの調子で、新聞記事の真偽をやはり穏やかな口調で確かめた。
相手が肯定すると、顔も好々爺然としていたのが、一瞬で、真っ赤な鬼の形相に豹変し「おい、こら、おまえ土方を舐めてるのか」と、例の雷の大声を一気に張り上げた。最初の大声で既に校長は消えたろうに、唸り続けてしばらくして「野郎、逃げやがった」と漸く気が付いた。
この時は、奥さんの運転でT高校へ行ったが、当然、校長は「不在」だった。
しかし、その日だけでなく、連日、学校や自宅に電話しては「急襲」する社長に、しばらく、この校長は、どこかに姿を眩ませた。
最終的には、自ら「マムシの熊沢」とも称していた社長の執拗さに、音を上げた校長は、県の教育長に泣きついて、土木部長に同道してもらい、社長に詫びを入れるしかなかった。
ある日、T市の中心街の喫茶店にいる社長が、私を電話で呼んだ。何だろうと思って、そこへ行くと、作業着の社長の他、スーツ姿の二人がいた。一人は知っていた。