「秋斗の言葉は、私を強くしてくれるね」

「そう?」

「秋斗のこと好きになってよかった」

(秋斗のことを好きだって言える自分のこと、今は少し好きになれた)

自分から秋斗の首に腕を回し、口づける。

「いつもありがとう」

秋斗からのお返しの口づけを受けて、理子は幸せに満たされていた。

礼が千春のいる部門で働く最終日。採用された2人の新人への引き継ぎもある程度終わり、なんとか礼を送り出しても仕事が回るようにはなった。しかし、千春の心は晴れなかった。

(最近は忙しくてあのバーにも行けてないし、そのせいで吉川君とも話せなかった……)

お互いが仕事の仮面を外して話せるはずの場所へも、残業が増えたこの1ヶ月は行けなかった。新人への引き継ぎや教育、そしてフォローアップの面談などが重なり、1人でも業務を遂行できる礼と話す時間は自然となくなっていた。

そしていよいよ終業時刻。

「お疲れさまでした」

いつもと変わらず、終業時刻になるとすぐに帰り支度を始める礼。

「あ、吉川君。これまで、お疲れさまでした。新しい部署に行っても、頑張ってね」

「ありがとうございます、頑張ります」

みんながいる手前、深いことは何も話せない。その距離がもどかしかった。

「じゃ」

それだけ言ってオフィスの出口へ向かう礼が、千春の横を通った瞬間。

「今日、どれだけ遅くなってもあのバーで待ってますから」

「え……」

幻聴だったかも知れないと思うほど小さな声で、礼が言った。

千春は急いで仕事を終わらせ、バーへと向かう。その道を歩くのもなんだか久しぶりに感じる。はやる気持ちを抑えて歩くペースを保ち、バーの入っているビルのエレベーターに乗り込んだ。そして、バーのドアの前で1つ大きく深呼吸をして、ドアを押し開けた。

「お疲れさまです、水瀬さん」

「あ……お疲れさま」

何も変わらない礼が、ゆるやかに口角を上げて迎えてくれる。その席の隣に座り、改めて礼の方を見た。

「なんですか?」

「いや……なんか、久しぶりだなと思って」

「そうですね。ここに来るのは、俺も久しぶりです」

礼がそういったところに、京弥がグラスを2つ持ってやってくる。

「またまた。結構な頻度で通ってただろ?」

「京弥さん、それ言わない約束でしたよね?」

「あれ? そうだっけ?」

「なんか、2人仲良くなってる……?」

見ない間に随分慣れた感じで話している2人を見て、違和感を覚える。

「だって礼君さぁ、千春が来るんじゃないかって毎日のように通ってきてたんだから。そりゃ仲良くもなるよな?」

「だから、それは言わない約束だってば」

礼はわざと呆れ顔を作って見せる。そんなふうに感情を素直に表現しているのが、なんだか年齢相応に見えて千春は思わず笑ってしまった。

次回更新は6月4日(木)、11時の予定です。

 

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