【前回の記事を読む】突然のアラーム音で病室の空気が一瞬にして変わった。さっきまで楽しそうに話していた彼の血圧が急降下して…
第五部:数字という名のジェットコースター
数値の説明が始まった。
私はこの時間が好きになり始めていた。怖いが、現実が見えるからだ。
「クレアチニン、少し下がってます」
「どれくらいさがっていますか?」
「0.3」
「少しですね」
「でも意味のある少しです」
医療における“意味のある少し”は信用できる。
「尿蛋白も減少傾向」
「それは嬉しい」
「教科書通りの反応です」
教科書に載るタイプの患者になったらしい。
私は気づいた。数値で一喜一憂する体質が育ち始めている。
昨日より良い→世界が明るい。
昨日より悪い→人生が暗い。
株価と同じだ。だが売れない。持ち続けるしかない。
昼。栄養指導が入った。
白衣ではなく、柔らかい雰囲気の管理栄養士だった。
「食事、かなり変わります」
「すでに変わってます」
「退院後が本番です」
また本番が増えた。
「塩分制限は必須」
「何グラム」
「まずは6g未満」
「ラーメン1杯で終了ですね」
「終了です」
即死ルールだった。
パンフレットを渡された。
減塩レシピ、減塩のコツ、減塩の外食術。
「外食できるんですか?」
「できます」
「味します?」
「工夫次第で」
“工夫次第”は努力を意味する言葉だ。
「だしを使ってください」
「だし」
「旨味で塩を減らす」
「日本人の知恵ですね」
「勝てます」
戦う前提だった。
病室に戻ると、村長が言った。
「減塩パンフもらったか」
「はい」
「最初は全部まずい」
「希望ゼロですね」
「3週間で慣れる」
「また再起動」
「人間は再起動多い」
名言っぽいことをよく言う人だ。