【前回の記事を読む】【IgA腎症】銀行に行くだけでぐったり。昼寝して落ち込む。それでも普通の生活に戻るために、私が大切にしている考え方とは

第十五部:回復の定義を書き換える

通院日。待合で、以前の自分と同じ顔の人を見る。

不安そうで、情報を探していて、少し固い。

私は思う。大丈夫とは言えない。だが、進めるとは言える。

診察室。

「安定してます」

主治医が言う。

この言葉を何度も聞いた。

だが今日は違う響きだった。

通過点ではなく、状態名としての安定。

「日常負荷、もう少し上げていい」

「どのくらい?」

「疲れが翌日に残らない範囲」

「抽象的」

「体感医学です」

それも医療だ。

「闘病生活、どうでした?」

不意に聞かれた。

私は少し考えた。

「長かった」

「そうですね」

「でも、短かった気もします」

「それもあります」

体調で時間は伸び縮みする。

帰り道、私は記録を最初から読み返した。

発症前夜。救急。入院。検査。

診断。治療開始。

文章が荒い。

呼吸が浅い。

焦っている。

でも、観察している。

必死に理解しようとしている。

だが、心が拒否している。

私はその頃の自分に点数をつけた。

70点。満点じゃない。

でも合格だ。あの状況で、よくやった。

闘病で変わったことを書き出してみた。

・体調を数値で見るようになった

・睡眠を削らなくなった

・食事を選ぶようになった

・予定を詰めなくなった

・助けを借りるようになった

・先延ばしを減らした

悪くない変化だった。