そしてちょうど消灯直前、主治医がひょいと顔を出した。
「言い忘れました」
嫌な前置きだ。
「退院、思ったより早いかもしれません」
「え」
「このまま下がれば」
ジェットコースターは、まだ上り区間があった。
第六部:退院という名のチュートリアル終了
「退院が見えてきました」
その言葉は、思っていたより現実感がなかった。
嬉しいはずなのに、少し怖い。
ここ数日で、私は病棟のリズムに適応してしまっていた。3食出てくる。数値を見てくれる。異変があれば誰かが飛んでくる。
外は違う。自己管理という名のソロプレイが始まる。
朝の回診で主治医が言った。
「クレアチニン、さらに改善」
「どれくらいですか」
「入院時から半分近く」
「それは拍手レベルですね」
「腎臓が頑張ってます」
私は心の中で拍手した。見えない臓器に拍手したのは初めてだった。
「ただし」
医者の“ただし”は、だいたい重要だ。
「ここで無理すると戻ります」
「ゲームのセーブポイントみたいですね」
「いい例えです」
「ここで電源切ったらダメなやつ」
「まさにそれです」
退院はゴールではなく、中間セーブだった。
退院指導が始まった。薬の説明だけで30分。
量、時間、副作用、飲み合わせ。
「これ全部、覚えるんですか」
「最初は紙を見てください」
「テストないですよね?」
「血液検査がテストです」
厳しい。
薬ケースを渡された。曜日ごとに分かれている。
「RPGの装備ボックスみたい」
「飲み忘れ防止です」
「ボス戦前の準備ですね」
「毎日がボス戦です」
否定できなかった。
次回更新は6月8日(月)、16時30分の予定です。
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