第九章   新たな日常

母の症状が進行するにつれて、私たちの生活も変わっていった。

まず、母が一人で外出することを控えるようにした。道に迷う危険があるからだ。買い物は私が付き添うか、私だけで行くようになった。

次に、家の中の安全対策を強化した。火の消し忘れが心配だったので、ガスコンロをIHに交換した。風呂場には手すりをつけた。玄関には、母が一人で出て行かないように、二重ロックを設置した。

そして、介護サービスを利用するようになった。週に3回、デイサービスに通ってもらうことにしたのだ。

「私、そんなところ行きたくないわ」

最初、母は抵抗した。

「老人ホームみたいなところでしょう? 私はまだそんな年じゃないわ」

「老人ホームじゃないよ。日中だけ通って、いろんな活動をするところ。他の人とおしゃべりしたり、体操したり、歌を歌ったり」

「でも……」

「お母さん、私が仕事に行ってる間、一人でいると寂しいでしょう?            デイサービスに行けば、話し相手がいるよ」

母は渋々ながら承諾した。

最初の日、私は母をデイサービスに送り届けた。施設の職員は優しそうな女性で、母を笑顔で迎えてくれた。

「杉山さん、ようこそ。今日は楽しく過ごしましょうね」

母は不安そうな表情を浮かべながらも、職員に手を引かれて施設の中に入っていった。

仕事中、私は何度も母のことが気になった。大丈夫だろうか、馴染めているだろうか、嫌な思いをしていないだろうか。

夕方、母を迎えに行くと、意外にも母は笑顔だった。

「お母さん、どうだった?」

「楽しかったわ」

「本当?」

「うん。歌を歌ったり、塗り絵をしたり。同い年くらいの人がたくさんいて、おしゃべりもできたし」

私はほっとした。

「よかった。また行く?」

「ええ、行くわ」

母は嬉しそうに頷いた。

▶この話の続きを読む
深夜2時に物音が…リビングへ行くと、パジャマの上にコートを着た母が立っていた。「外で、お父さんが呼んでる」と玄関へ向かい…

 

👉『記憶のなかで生きる』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】触り方が変わってからは、指1本で支配された。何度も奉仕され、「もういい」と言っても、彼は止まらなくて…