私は胸を締めつけるような不安感を、そんな思い込みで抑えつけた。でも、それっきりネコニャは帰ってこなかった。
私はパブでピアノの生演奏を聴かせる仕事をしている。十六歳からドイツに留学までして一流のピアニストを目指していたが、人前で弾くのは苦手だった。正直に言えば、自分に自信がなかった。
人と競ってまでソリストになりたいとは思わなかったが、それを希望していた両親にその意思を伝えるのは面倒だったし、親から離れていることに快適さを感じていたから、私はドイツに居続けた。が、そんなある日のこと、両親がヨットで太平洋を旅行中消息不明になってしまった。もう七年も前のことだ。
出資者がいなくなったので、ドイツにいる理由も自身の意欲もなくなった私は、帰国して地元の音大に入り直した。
しばらくはクラシックをきちんとやっていたが、そのうちジャズやポピュラーピアノに興味を持ちはじめ、そちらがメインになっていった。演奏家も教師も性に合わないし、かといって鍵盤を叩く以外の特技は持っていなかったので、パブでピアノを弾くことにしたのだった。
パブで働くようになって三年が過ぎた頃だった。住み込みのバーテンダーだと紹介されたのがネコニャだった。
「トーヤです」
華奢な上半身を折り曲げるようにして礼をした彼が、頭を起こすときに私を見つめた。その瞳を見た瞬間、ふっと何かが脳裏を横切ったが捕まえられなかった。
「以前どこかで会ったかしら?」
私は記憶を辿るようにつぶやいた。
「いいえ、初対面です」