姉のゆっこは、さっちゃんが昔みたいに美味しいものを作れたらいいのに、とかつて栄養士の資格を持ち、この家に近所の人を招(まね)いてお菓子教室を開いていた母のがんばりに期待した。

もともとの母は料理好きで、よくプリンやゼリー、マドレーヌといった手作りのお菓子を家族に食べさせてくれた。毎年、クリスマスには七面鳥を焼いていた。

だが、認知症になった母は、今年になって料理を一切作らなくなった。

七十九歳と高齢でもあるため、台所仕事はしんどいようだ。

肉じゃがとカレー、舌平目のムニエル、シチューなどは母が認知症になる前に教わっていたので、どうにか僕だけでも家族の分を作れた。

以前は買い物は母に行ってもらっていた。

ひきこもりの障がい者ということで、僕が地域の嫌がらせに遭(あ)っていたからだ。

犬の散歩をしていたら、「池田、死ねよ!」などと大声で叫ばれたことがある。

障がい者でひきこもっていることは、地域の人たちに知れわたっていた。

だから外出は嫌だった。

それでも両親のことを考えると家に籠城(ろうじょう)しているわけにもいかず、自転車を飛ばして薬局に行ったり、父が欲しがっている本を買いにいったりした。

毎晩、二十時を過ぎると、母は五分おきに、「はやとー、はやとー」と僕の部屋に来る。うるさくて何も手につかない。

いつも僕が夕食を作ったりしているのに、近所の人に聞こえるように、はやとは何もしない、と大声で怒鳴りちらす。

恥ずかしくて、ご近所に合わせる顔がない。

ゆっこが料理させようとしてもしないし、僕が外出させようとしてもヒステリーを起こすし、母には父以外のコマンドは入らない。