【前回記事を読む】【金融界実録】90年代初頭、世界有数のチリ銅山開発計画が持ち込まれた。しかし政治リスクの高い当時のチリを前に日本は…

3. Cerro Colorado(チリ銅山開発)プロジェクト案件

さて、どうしたものか。NYから東京まで出張して何も成果が無ければ、カラ出張と責められかねない。

当事者の間で一番インセンティブが強いのがM物産非鉄部のはずだから、Fj氏が一旦会ったと言うMITIの担当者に、更なる事情説明の場を設けてもらい、M物産のSr氏と3人で訪問して、事業者の熱弁で糸口を見出そうとの算段を立てて、Fj氏よりMITIへアポ入れの上、面談の運びとなった。

春の異動で、新任との引継のタイミングであったことが功を奏し、何か自分の実績をと望む若手キャリア官僚は前向きに耳を傾けた。

Sr氏は日本にとってのベースメタルの資源確保、National Security(安全保障)の観点に焦点を当て、私企業の利益追及の点は控え目に力説し、取り敢えずテーブルの上に乗ることが確認できたことを、帰り際に新橋の居酒屋に寄って3人で祝った。Fj氏は、その日の愛犬の散歩は奥様に任せて。

後からよく考えてみれば、これはその後のこの制度の展開を考えると、エポックメイキングなイベントではあった。