恐る恐る電話に出る。

「はい、桐谷です」

「北井だ。いま、富士支店は1社しか顧客がいない。半年で50社にしろ。死ぬ気で営業しろ。

いいな?」

「50社……」

返事をしようとする間もなく、北井は畳み掛けた。

「どうせ“営業なんてやったことありません”とか思ってんだろ? どうやって営業するかなんかはテメーで考えろ。50社にできなかったら一生東京に戻れねーと思え」

「ガチャ! ツーツーツー……」電話が切れた。

(コイツ……どこまで人のことをコケにする気だ)

桐谷は怒りで受話器が壊れるほど握りしめた。

そして、ゆっくりと受話器を置き、三上と五十嵐を見た。

「僕が来たから大丈夫です。派遣スタッフの方にも、たくさんお仕事を紹介できるようガンガン営業しますから。僕に任せてください」

三上は目を丸くして、一瞬無言だったが、

「支店長、それは頼もしい」ニコッと笑った。

「支店長~! サイコー! 頑張ってね~♡」

五十嵐が気持ち悪いウインクをした。

桐谷は自分で口にしながらビックリした。「僕が来たから大丈夫」なんて、よくそんな言葉を発したなと……。しかし、“自分は弱い人間、でも強い信念だけは持てる”。いまは弱小の強心を信じるしかなかった。

〈2〉

(とりあえず、しらみつぶしに営業してみるか……)

翌朝、桐谷は腹を括った。富士支店に顧客は1社しかいない。半年で契約数50社なんて、正気の沙汰ではない。だが、やるしかない。

頭に浮かんだのは、会社説明会の後、スパゲッティを食べながら竜崎が教えてくれた内容だ。

「売上を上げるために、まずは隅から隅までしらみつぶしに飛び込み営業をかけるわけ。そしたら何社かうちのサービスに興味を持つ会社があるわけよ。で、即契約を結ぶわけ。契約したら、今度はその会社から紹介をもらう。こうやって月100件契約が取れることだってあるからね」

ナイスホープに営業のノウハウもセオリーもない。ひたすら営業をかける。それだけだ。

次回更新は4月3日(金)、8時の予定です。

 

👉『あした会社がなくなっても』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼は私を強く抱きしめ、愛していると言った。私には夫も子どももいるのに…。それからおよそ30年、彼との不倫関係が始まる

【注目記事】「なぜ投身前に見つけてあげられなかったのか?」自問自答は果てしなく続き、何度も悔やんだ