【前回の記事を読む】左遷先されたその日に1本の電話――「本部長からです。」その内容は、怒りで受話器を壊しそうになるような…
第二章 弱小の強心(きょうしん)
〈2〉
桐谷は営業パンフレットが詰まった段ボール箱を営業車に積み込み、工場や企業が立ち並ぶ地域へと車を走らせた。
(まずはこの会社から飛び込むか……)
1社目の前に車を停める。しかし、体が動かない。なんと言って営業すればいいのか。
(勝手に入って怒鳴られたりしないかな……)
不安が喉元まで込み上げてくる。いつもの悪い癖――考えすぎて動けなくなる。
(どうする……どうする……)
1社目の前で、ウロウロすること15分。突然、中からスーツ姿の男性が出てきた。
「どちらさん?」
「あっ、はい……ナイスホープの桐谷と申します。人材派遣のご案内で……」
「営業? いらんいらん! というか、それ、おたくの車? 邪魔なんだけど。さっさと動かして」
「あっ、すみません……」
桐谷はすぐに車を移動させた。
(営業、コワ……)
心臓がバクバクして動悸が止まらない。
2000年初頭、人材派遣業はまだまだ市民権を得ていない。怪しい営業だと思われてもしかたがなかった。
気を取り直して2社目。会社のドアをノックした。誰も出てこない。
「こんにちはー」
呼びかけても反応がない。そっとドアノブをひねると――。
「ガチャ」
ドアが開いた。桐谷は一瞬躊躇したが、恐る恐る事務所の中に足を踏み入れた。
中に入ると、20人くらいが座れるデスクが並んでいるが、誰もいない。
「すみませーん」
恐る恐る声をかけたが、全員で会議をしているか、たまたま誰もいないのかわからないが、誰も出てこない。
とりあえずカウンターに名刺とパンフレットだけ置いて、その会社から出てきた。
(なんか勝手に事務所に入って、泥棒みたいだな……)
富士市はセキュリティがゆるい会社が多かった。事務所に鍵もかけず、誰もいないなんてことがザラだ。
こうして桐谷は、来る日も来る日も飛び込み営業を続けた。しかし、もう300社くらい飛び込み営業をしたが、まだ1社も商談すらできない。
夜10時の富士支店。空調の音だけが静かに鳴っているオフィスで、桐谷は一人、頭を悩ませていた。
(このままじゃ埒が明かないな……)
そのとき、突如支店の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。ナイスホープ富士支店、桐谷です」
「とんかつざんまい富士店の者ですが!」
お店の店員らしいが、なぜか語気が強い。
「お宅の社員が、うちでとんかつ定食を食べたんですが、お金を持っていないって言うんですよ! すぐ払いに来てもらえませんか!」
「えっ……?」
一瞬、頭が真っ白になった。富士支店に、社員は桐谷1人しかいない。何かの間違いかと思い、誰がとんかつを食べたのか聞いてみた。