「五十嵐って言ってますよ! 支払いに来るまで帰しませんからね!」

(五十嵐!? 毎日支店に来ているあの派遣スタッフか……)

「申し訳ございません。すぐ向かいます」

桐谷は支店を飛び出し、車を走らせた。お店に着くと、すでに閉店時間を過ぎていたが、店内の片隅で五十嵐が肩をすぼめて座っている。

「ナイスホープの桐谷です。この度は大変申し訳ございませんでした。おいくらでしょうか?」

深々と頭を下げた桐谷に、店長が冷たく言い放つ。

「とんかつダブル定食で1575円です」

(高っ! お金を持っていないのによくこんなもの食おうと思ったな……)

桐谷は一瞬、五十嵐を睨んだが、すぐに支払いを済ませた。

「言っときますが、これ無銭飲食ですからね。ちゃんと社員を教育してくださいよ。次は警察に突き出しますからね」

「はい、申し訳ありませんでした……」

桐谷は五十嵐の頭を押さえて、自分も再び深々と頭を下げた。

お店を出て、2人で駐車場に向かう。

「五十嵐さん、家まで送りますよ」

「支店長、ごめんね~」

五十嵐は車に乗り込んだ。

桐谷は、派遣スタッフのご飯代を払わされたことと、五十嵐が勝手に社名を名乗ったことに猛烈に腹が立っていた。

「五十嵐さん、なんで無銭飲食なんてしたんですか?」

「……お腹がすきすぎて」

「お金持ってないんだから、食べられるわけないでしょ」

「……気づいたらお店に入ってて」

「いま、いくら持っているんですか?」

「……200円」

「200円! それでよくとんかつ食おうとしましたね。しかもダブル」

「うーん、とんかつ好きなんよ」

「好きなんよ、じゃねーし!」

そう突っ込みながら、桐谷は思わず笑ってしまった。怒る気も失(う)せるくらい、40歳の五十嵐が可愛く見えた。

「僕がちゃんと仕事を取ってきますから。だから無銭飲食はもうしないでください」

「支店長、わかったよ~。もうしないよ~」

(こういう人のためにも、早く仕事を取ってこないと……)

桐谷は車のハンドルをぎゅっと握りしめた。

人材派遣業は、文字通り人材を派遣する仕事だ。この世に人がいない企業なんて存在しない。ということは全企業にニーズがあるということだ。

(活路はある。必ず……)

心の奥に、かすかだが確かな炎が燃え始めていた。

次回更新は4月4日(土)、8時の予定です。

 

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