【前回の記事を読む】入社して2か月で、静岡・富士支店へ左遷。本社に呼び出された理由は――職場の人間関係を壊したことだった。

第二章 弱小の強心(きょうしん)

〈1〉

(こんなに近くで富士山を見たのは、人生で初めてだ……)

桐谷は富士駅に降り立ち、目の前にそびえる富士山を見て、思わず息を呑んだ。

その大きさは想像をはるかに超えている。遠くから見る存在だったはずの富士山が、まるで目の前に突きつけられたように、圧倒的な存在感で立ちはだかっていた。

(ここが……俺の新天地……)

富士市はその名の通り、富士山のふもとに広がる街だ。数分も車を走らせれば山々に囲まれ、町中はどこもかしこも工場ばかり。夜の9時を過ぎればネオンは消え、人気(ひとけ)も途絶える。

東京の喧騒とはあまりにもかけ離れた世界だ。

重たいリュックを背負い直し、桐谷はナイスホープ富士支店のドアを開けた。

「お疲れさまです。東京から来ました、桐谷です」

声をかけると、カウンターの奥で金髪の女性が片手を上げた。

「はーい、アルバイトの三上でーす」

年齢は桐谷と同じ22~23歳だろうか。支店内は異様なほど静かで、広い空間に彼女が1人ぽつんとデスクに座っている。

挨拶もそこそこに、桐谷は三上に富士支店の現状について聞いた。

「この支店……いま、どんな状況なんですか?」

「お客さんが1社しかいないんですよ~。派遣している派遣スタッフも1人だけだし~」

三上は髪をくるくるいじりながら現状を教えてくれた。

「だから特にやることないんですよね~。派遣で登録したいって人はいっぱい来るんですけど、なんせ仕事がないんで~」

「そうなんですか。ちなみに前の支店長は飛んだとか?」

「そうなんですよ~。いきなり会社に来なくなって。結構頑張って営業してたんですけどね~。お客さんは全然増えないし、ノルマは厳しいみたいで、かなり精神的にやられてたっぽいです」

「そうでしたか……」

三上から話を聞いているそのとき、

「バタンッ!」

支店のドアが荒っぽく開き、40代のボサボサ頭に無精ひげの男が入ってきた。

「三上ちゃ~ん、明日、仕事ある?」

「ないよ」

「えー! なんとか頼むよぉ、仕事ちょーだいよぉ~」

「だからないってば。どうせまたパチンコで擦ったんでしょ?」

「そうなのよ~。マジ金ないのよ~。お願いだからお仕事ちょうだいよぉ~」

やりとりを繰り返すうちに、男は桐谷の存在に気づいた。

「あれ? 新しい支店長さん? ねぇ、お仕事お願いしますよ~」

派遣スタッフの五十嵐という男だ。仕事が欲しくて毎日支店にやってくるらしい。

桐谷が何か答えようとしたそのとき、突然支店の電話が鳴った。

「お疲れさまです。富士支店の三上です。はい、桐谷さんですか? 少々お待ちください」

三上が桐谷に受話器を向ける。

「桐谷さん、事業本部の北井って人からです」

「え!! 北井さん!?」

桐谷は“北井”という言葉を聞いただけで、全身の筋肉が強張(こわば)った。