【前回の記事を読む】「自宅で最期を迎えたい」夫のために、介護機器を揃えた妻…しかし、病院側は「奥様にできるとは思えない」理由は…
第1話 尊厳死協会会員 渡瀬訓太郎物語
(2)
翌日、野際が訓太郎のベッドサイドに行くと、佳代は肩を落として、面会用の椅子に座り外を眺めていた。
窓からは新宿高層ビル群、東京タワー、スカイツリー、国分寺駅のツインタワービルなどが一望できる。準備していた自宅での生活が泡のように消えたことで、佳代は空虚感を感じていた。
「こんにちは、渡瀬さん、調子はどうですか、昨日はお疲れ様でした」「こんにちは、ありがとう」
訓太郎は、いつも言葉の後に「ありがとう」を付け加える。周囲に精一杯気遣いをする人柄であろう。しかし、声に力がない。
「少し、歩いてみましょうか」
という野際に、訓太郎が手を横に振った。佳代が振り向いて、「昨日はありがとうございました」と話し始めた。
「野際さん、折角今まで準備をしてきたのに残念です。会議とは名ばかりで、決まっている方針を押し付けるだけなんですね。私のために、そして、安全・安心のためなんて言ってくださっていますけど、従うしかないということですね」
「我慢できますか」
「分かりません。そのせいか、今日は主人、元気がなさそうです」野際は、ベッドの上で訓太郎の足の屈伸をしながら話しかけた。
「渡瀬さん、足の力はありますので、もし家に帰れたら、伝い歩きでトイレに行けますよ。調子がいい時に歩く練習をしましょう」
訓太郎はニッコリとこちらを見て「ありがとう」と言った。
もう一度、「歩きますか」と聞いたところ、やはり手を横に振った。野際は妻の佳代に声をかけた。
「奥さんの体調は大丈夫ですか?」
「私は元気ですよ。野際さん、今日はごめんなさいね」
野際は「それでは、また明日」とベッドサイドを離れた。
転院はおおよそ2週間後、国分寺地域病院に決まった。転院の前日、野際がベッドサイドに行くと、訓太郎は「歩く」と言って体を起こそうとした。
この1 週間一度も歩かなかったのに、今日は車椅子にヒョイと乗り移った。いつものように、廊下の手すりの所で車椅子を止めて、野際が指示もしないのに歩き始めた。
10メートルを連続で往復した。そして、歩行器で25メートル歩いた。新記録である。そして「ありがとう」と言った。微笑んでいた。