【前回の記事を読む】「どこで亡くなっても同じだと思っていらっしゃいませんか?」夫を自宅で看取りたい妻。そしてリハビリが始まるが…
第1話 尊厳死協会会員 渡瀬訓太郎物語
(1)
野際は、無理に歩かせることはしなかった。何故なら、訓太郎が、自身の意思を伝えても受け入れられなかった時は、黙ってしまうからだ。
それどころか、自分を受け入れられないと思うと、全ての活動を抑制させて、話さない、食べない、動かないとなる。人為的機能低下だ。そうなると、信頼関係にもヒビが入る。
認知症があっても、人間関係には敏感な人も多い。野際は訓太郎を思いやり、ベッド上で筋トレを続け、「凄い筋力ですね。頼もしいですね。歩こうと思えばいつでも歩けますよ」と励まし続けていたが、訓太郎の心の底の思いには、気付いていなかった。
『退院して家に帰るのではなかったのか。歩く練習は家で生活するためにしていたのに、入院が続くのなら、歩く練習なんか必要ない。もう命は長くないだろう。もう寝たきりでいいよ』言葉には出さないが、そんなあきらめが訓太郎に手を横に振らせていた。
だが逆に、『元気になりたい。このままじゃいけない。歩きたい』という思いで首を縦に振る日もあった。