「ねぇ、お前らの会社ってさ、社員が会社に泊まったりしてる?」

「ん? まぁ、たまーに残業とかで泊まる人はいるけど」

「オフィスでエロサイト見てる人は?」

「は? いるわけねーじゃん」

「じゃあ、酒飲んでる人は?」

「……会社で?いねーよ」

「相撲取ったりは?」

「しねーし!」

「じゃあ、犬……飼ってる会社ってある?」

「……お前、何言ってんの?」

全員の視線が一斉に桐谷に向いた。場の空気が固まったが、桐谷は真剣だった。

「犬なんて、会社で飼うわけないだろ」

高瀬が呆れたように言った瞬間、桐谷ははっきり確信した。

(やっぱり……うちの会社はおかしい)

〈8〉

翌週の月曜日、桐谷はいつもより少し早く出社した。今日は、支店長の田下に“おかしいこと”をちゃんと伝えようと決心していた。

オフィスに入ると、寝袋からゾンビのように這い出てきた田下と目が合った。 昨日は日曜日のはず。にもかかわらず、彼は帰宅せずにここで夜を明かしたらしい。

「おふぁよう~」

田下のかすれた声が響く。

桐谷も「おはようございます」と言いかけたその瞬間――足の裏にムニュっとした感触が走った。

足の裏を覗き込むと、思いっきり犬の糞を踏んでいる。

(……チッ! 大将の犬か)

デスクの上には、例によってビールの空き缶とつまみの殻が散乱。

その瞬間、桐谷の中で何かが「ブチッ」と音を立てて切れた。

「田下さん、ここは会社じゃねー!!」

桐谷の怒号がオフィスに鳴り響いた。

数秒間の沈黙――。

田下の目が揺れた。口を開こうとしても、言葉が出てこないようだ。

桐谷も怒りでそのあとの言葉が出てこなかった。田下がようやく言葉を絞り出す。

「ご、ごめん……。ちゃんとするよ」

吹けば飛びそうなか細い声である。田下の小さな体がまたひと回り小さく見えた。

怒りの直後、桐谷はすぐに良心の呵責に苛まれた。

(ひと回りも年上の上司にひどいことを言ってしまった……)

桐谷は下を向き、床の一点を見つめた。

そして翌日、田下は姿を消した。

ナイスホープでは、これを「飛ぶ」と言う。田下は連絡もなく会社に来なくなったのだ。

田下が飛んだあと、古株の女性アルバイトが桐谷に教えてくれた。

次回更新は4月1日(水)、8時の予定です。

 

👉『あした会社がなくなっても』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼は私を強く抱きしめ、愛していると言った。私には夫も子どももいるのに…。それからおよそ30年、彼との不倫関係が始まる

【注目記事】「なぜ投身前に見つけてあげられなかったのか?」自問自答は果てしなく続き、何度も悔やんだ