【前回の記事を読む】怒号が飛び交う社内、部下を詰める上司…就職先は、まるで戦場だった——4月、人生初の上司が私に放った第一声は……。

第一章 カリスマの降臨

〈6〉

入社から1週間が経つ頃、桐谷はこの支店が普通ではないことに気づき始めた。

まず、支店長の田下が毎日オフィスに寝泊まりしている。派遣スタッフも仕事が終わると、なぜかオフィスに戻ってきて泊まっている。ちなみに、派遣スタッフとはナイスホープが派遣する日雇い労働者のことだ。

市ケ谷支店のクライアントは建設会社など現場仕事がメインで、派遣先は力仕事が多く、派遣スタッフも全員男性。派遣スタッフは、毎朝派遣先に出向き、仕事が終わったらオフィスに戻ってきて、日払いの給料を受け取る。

そして夕食に出かけて、そのあと帰宅するのかと思いきや、またオフィスに戻ってくる。

(この人たち……もしかして、帰る家がないのか?)

桐谷の予感は的中していた。

支店に泊まっている彼らは、行き場を失った者たちだ。家を持たない者、家庭に問題を抱えて帰れない者、所持金が尽きた者……理由は様々だが、共通しているのは「ここにしかいられない」ということだ。

日払いで給料をもらって、給料を握りしめて支店の近くのパチンコ店に行き、30分で擦(す)って戻ってくる者もいる。お金がないので帰る電車賃もない。

支店なら、電気はあるし、冷暖房もある。派遣スタッフの登録説明会を行うスペースが寝床にもなるから安心だ。

夜9時を過ぎると、4~5人のスタッフが支店に集まり始め、22時頃にはオフィスのPCをカチカチと叩き始める。

桐谷は気になって画面を覗き込んでみた。

(エロサイト……?)

彼らは当然のように会社のPCでアダルトサイトを漁(あさ)っている。そして眠くなったらオフィスのフロアで雑魚寝(ざこね)する。

オフィスのフロアにはビールの空き缶やつまみの殻が散在しており、出社したらそれを片付けるのが新卒桐谷の日課だった。

(会社って、こんな場所なのか……)

社会人になって間もない桐谷にも、それが異常だという感覚はあった。しかし、仕事は容赦なく五月雨式に降ってくる。深く考えているヒマはない。息つく間もなく時間だけが過ぎていった。

そんなある日の夜9時頃。

「あー、暇だな」

テレビの前でふんぞり返っていたのは、体重が100キロを超える派遣スタッフの馬木(ばき)だ。30代半ば、丸太のような太い腕に、金髪で短髪の彼は、スタッフたちの中でもひときわ存在感があった。

「おい、桐谷!」

桐谷は唐突に馬木に呼びつけられた。

「あ、はい」

「相撲しね?」

「えっ……相撲、ですか?」