「はい! オフィスコクブですが」

「國分さん、どこにいるの? 外なんだね。うるさくて声が聞こえないけど!」

「もしも~し! 引っ越した事務所のなかにいますけど! 交差点が近くてですね! 外のバスとかの音が、デカすぎるもんですから! すみません!」

それが、我が事務所で交わした外部との最初の会話だった。この日、ドアの外の鉄格子に「OFFICE KOKUBU」と手書きした小さな看板を掲げた。

オフィスコクブの記念すべき最初の顧客は、日本人が経営する芸能事務所だった。

日本の芸能界ではプロダクションに所属していないタレントが仕事をするのは難しいが、アジアでは大物歌手でもマネージメントをアーティスト本人や家族が行うことは珍しくない。

そういう事情もあって、ミャンマーではタレントのマネージメントというものは根付いていなかった。それを事業化することは簡単でないが、孤軍奮闘していた会社があったのである。

会社の名前は「モヒンガー社」。ミャンマーの国民的な伝統料理の名前である。代表の古町朋樹(ふるまちともき)GM(ジェネラルマネージャー)は三十代の日本人で、かつて役者を目指していたという。

古町GM自身もヤンゴン在住の日本人ビジネスマンたちと「淀川タウンシップ」というバンドを組んでいた。

ダウンタウンのライブカフェでの演奏で知り合うと、僕たちは直ぐに意気統合した。

こうしてオフィスコクブの最初の顧客は、芸能事務所モヒンガー社となった。この法人は日本人の古町GMが資本金を工面していたが、登記上のCEOはミャンマー人なので、モヒンガー社は純然たるミャンマー法人だった。

 

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