【前回の記事を読む】「暑い、暑い!」と取調室で下着姿になった男の体から大量の蒸気が…ゴキブリのように悶えひっくり返った次の瞬間…
サイコ4――人体発火
警視庁の周囲を囲んでいる歩道に一人の青年が立ち尽くし、庁舎の一室の窓から火の手が上がるのを見上げていた。
目鼻立ちのはっきりした美青年で、パーマをかけた金髪で耳には銀色のピアスをしており、白いアンダーウェアの上に灰色の花柄をあしらった黒いルースシャツを羽織り、黒のデニムを穿いていた。
火災の熱で窓が割れて、ガラスが砕け散り、炎が舌を出すのを見届けると青年は陰気な笑みを口元に浮かべてその場を立ち去った。
青年は陰鬱な闇を湛えた凱旋濠沿いの道路を進み、祝田橋で左に折れた。デニムのポケットに両手を突っ込み、うつむいて歩いていたため、橋の真ん中近くに来た頃でやっと、向こう側の袂の歩道の真ん中に緑色のモザイク柄のワンピースを着た黒いロングヘアの女が立ちはだかってこちらを見つめているのに気づいた。
青年は少し驚いたが、すぐににやりと不敵な笑みを浮かべ、ポケットから両手を出した。
「久しぶりだな、西須悠雅」
賽子が言った。
「久しぶり。賽子」
「長いこと見ない間に随分落ちぶれたものだな。今じゃ神撰の犬というわけか」
西須は溜息交じりに笑った。
「相変わらず口が悪いね。確かにおまえに神撰からの脱走を唆したのは僕だが、今じゃ後悔しているよ。あの頃の僕は幼くて弱くて愚かだった。神撰は僕には思いもよらなかった高邁な理想と目標を持っている。それに気づかされた今は神聖な任務に携われることを光栄に思っている。
おまえも僕が余計なことをしなければ、今頃立派な工作員として素晴らしい活躍ができたはずだったのに。今からでも遅くない。賽子、もう一度神撰に戻らないか。おまえなら僕と一緒にこの腐りきった惨めな世界を救えるはずだ」
「おまえに言われずとも私は世界を救うつもりだ。ただ、その前におまえの堕落した愚かな魂をまず救い出さなければいけないようだな」
西須は鼻で嗤った。
「賽子、僕を甘く見ない方がいいよ。今の僕は11年前とはわけが違う。青木ヶ原の訓練所とは比べ物にならないほどのいくつもの修羅場を潜り抜けてきたんだ。その間、安穏とした生活で平和ボケしてしまった今のおまえで僕に簡単に勝てると思ったらとんだ見当違いだ」
「面白い。久しぶりに力比べといこうじゃないか。どうせそのつもりだったんだろう? おまえなら多田氏の死体を通常の火災程度の燃焼に調整することなど容易だったはずだ。
敢えてあそこまでやったのは、私をおびき寄せる目的があったからだろう? それに羽牟をあんな派手な方法で殺したのも同じ理由か」
「気づいていたとはさすがだね。あの刑事は神撰の存在に気づき始めていたからね。でも、殺害方法は上からの指示じゃない。上はまだおまえの力を恐れているからね。僕がおまえに気づかせるために独断でやった。おまえはこれからの計画に邪魔になる。こちらの味方にならないのであれば、葬り去るしかない」
「上等だ」