由香里は、入院して一週間もたたないうちに事件を起こした。病院の売店で男性用整髪料を買い、飲んだのである。それには微量だがアルコールが含まれている。それほど、彼女のアルコールへの依存度は高かった。陶芸でも革細工でも、由香里はボーっとして、ほとんど手を動かさなかった。

彼女が唯一、自発的な行動をとったのがグループカウンセリングだったのである。まったく表情のなかった由香里が自身の人生を語るとき、かすかに微笑んだり、涙を流したりする。

カウンセラーはそこを突破口にして、彼女に生きる意欲を持たせたいと考えたようだ。だが、三カ月の入院期間はそのためにはあまりに短かった。

恵子がグループカウンセリングだけに通っていたころ、由香里の退院が決まったが、とてもひとり暮らしはさせられないという判断で、北海道のアル中のためのグループホームに入所することになった。

お酒で人生が狂ってしまった者同士の間にだけ流れる連帯感のようなものがある。これで会うのは最後というグループカウンセリングが終わったとき、恵子は由香里の手を握っていった。

「生きていれば、きっと、何かいいことがあるはず。私はあなたの幸せを願っています。辛くなったとき、この地球上に最低ひとりは自分の幸せを心から願ってくれている人がいることを思い出してね」。

由香里は顔をゆがめた。何かいおうとしているのがわかった。恵子はジッと由香里の目をみつめた。しばらく間があって、由香里がぼそぼそといった。「あ、た、し、生きてて、いいのかな?」。

恵子は由香里を抱きしめた。「もちろんよ。生きて幸せになろう」。恵子は嗚咽が込み上げて、それだけいうのがせいいっぱいだった。由香里も泣いていた。

「じゃあ、生きてみます」と弱々しくいい、恵子から離れて病棟の方向に歩き出した。その後ろ姿が見えなくなるまで、恵子は見送った。

以来、退院した誰に聞いても、職員にたずねても、由香里のその後を知っている者はなかった。

次回更新は3月21日(土)、21時の予定です。

 

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