【前回の記事を読む】母の内視鏡カメラの結果は、信じられないものだった。腫瘍を長年放置していたのに、「そんな馬鹿な…」

サイコ3――奇跡の手

麻利衣と小百合は浜離宮恩賜庭園の潮入の池の上に架かったお伝い橋の上を中島の御茶屋目指して歩いていた。空は薄曇りであったが青空も垣間見え、緑は鮮やかに映え、水面に浮かぶ高層ビルの陰影を見ると、別世界を覗き込むようでとても幻想的だった。

「お母さん、もう帰るの?」

「そうね、治療も終わったことだし」

小百合は景色を眺めながら答えた。

「もう少しここにいたら。美瑛にはもう誰もいないんだし」

「そうね。じゃあもう少しいようかな」

「お母さんさえよければ、ずっと私と一緒に東京で暮らしていいんだよ」

小百合はしばらく考えてから口を開いた。

「麻利衣、あなたはやっぱり美瑛に戻る気はないのね?」

今度は麻利衣が黙り込む番だった。

「私は美瑛には絶対に戻らない」

「そう。あなたにはつらい思い出しかないものね」

麻利衣は下唇を噛んだ。

「ごめんね、麻利衣。あなたにつらい思いばかりさせて。お父さんがTVに出たせいで、あなたは学校で『インチキ博士の娘』ってずっといじめられていたものね。お母さんも学校に行って先生に相談したけど、白い目で見られて全く相手にしてもらえなかった。

お父さんもあれから心が壊れてしまって逮捕されて、それから二人だけであの町で、犯罪者の家族として肩身の狭い思いをして生きてきた。

あなたが高校を出て東京の医学部に合格した時、寂しかったけどほっとした。これであなたは今までの不運を拭い捨てて、新しい人生に旅立てると思って」

「そうよ。東京は冷たい街だけど、人が多い分、誰にも干渉されない。誰も私がどんな人生を生きてきたかなんて気にしない。だからお母さんもここで人生をやり直そうよ。お母さんが一緒にいてくれたら、私、来年こそ国試に受かる気がする」

「ありがとう、麻利衣。でもね、私はやっぱり美瑛に帰るわ」

小百合は橋の欄干に手をついて、水面をぼんやり見つめながら言った。

「どうして?」

「私にとってはあそこが故郷だもの。麻利衣にはいい思い出はないかもしれないけれど、私にはお父さんと麻利衣との楽しかった思い出がいっぱい残っているの。やっぱりあそこからは離れられない。私はあそこに骨を埋めると決めているの」

「お母さん……」

小百合は池をいつまでも見つめていた。