尾張統一、そして小牧城へ

◆永禄6年(1563年)7月頃

「巨石や石は大半小牧周辺の岩と思うがよく集めたのものよ! 全て穴太衆の手柄であるか?」

「ようやってくれた、そのもの達を今後もこの尾張から美濃の地に住まわせ、仕事毎にたくさん、褒美を取らせよ。

その話を聞いて益々穴太衆も帥も気に入ったぞ。よう働いてくれておる」

「ありがたいお言葉。かたじけなくございます。益々お役に立てるよう励みます」

「穴太衆、帥の分も含めて、黄金を佐久間に申せ。穴太衆の対価を決して惜しむな、よいな。これからも世話になる専門集団だ。

これほど美しい働き、成果を上げるもの達はおらぬ。褒美を惜しまず出せよ。

さもなくば、ささっと我らの元から逃げてゆくぞ。あの者達の代わりは、日乃本を眺めても、そうはおらん、大事に致せ」

「佐久間殿より褒美を仰山貰い受けて、次の成果に活かしてご覧いただきます」

「帰蝶の父、斎藤道三が亡き後、斎藤竜興を攻め滅ぼすは、なんの躊躇(ちゅうちょ)も要らぬ。あの城は、天下布武への格好の場所じゃ」

と信長は云い放った。

「猿、小牧築城やこのたびの戦術の事は褒めて遣わす。それとは別に尋ねたきことがあるのだ。美濃攻略の方向性をどう進めるかだ」

「そうですか。ではまず、私の美濃に関する現在の調略活動のご報告を申し上げます。

美濃衆の中は、斎藤道三の跡取りを巡りお家騒動になる雲行きです。それで、斎藤道三殿亡き後は期待できぬと尾張衆になびくものが次々と出てきております。

そのあたりが美濃攻略の糸口、好機かとも存じます!」

藤吉郎は美濃の最新情報を告げた。

「何? それは誠か? 聞き捨てならぬ良い報告だな。引き続き調略活動を続けよ」

信長がほくそ笑むと、仕事の疲れがいっぺんに取れた藤吉郎だった。