猿の調略と墨俣一夜城
◆永禄四年(1561年)
この頃は、儂は浅野長勝の娘、寧々と婚儀を挙げたな。
親戚の少ない儂は、母、実の弟、秀長(秀吉の名補佐役となる)、嫁となった寧々、寧々の弟が加わることになった。
当然、この婚儀は儂の仕事にプラスに働かないはずはなかった。この頃の儂は、仕事を通じて主君、信長様への心酔は深まるばかりであった。
そして自らの技量を磨き続け信長様の天下統一に役立つよう身命(しんみょう)をとす勢いで職務を全うしていた頃だったなあ。
藤吉郎は帰宅すると、
「寧々様、今日は信長様より日頃の働きの評価で小人頭の雑用係から足軽組にして頂きました」と報告をした。
「お前様、それはようございましたな。おめでとうごいます」寧々は嬉しそうに褒めた。
たまたま藤吉郎の家に立ち寄っていた弟の小一郎と義兄浅井長政も大層喜んだ。
「兄者、おめでとうございます。百姓の私は羨ましく感じます。私の誇りじゃ」(この頃は、弟秀長は、まだ侍にはなっていない)
それから藤吉郎は、信長や吉乃の見立てどおりの大活躍を遂げて行く。
そんな中、いつものように、小牧城大広間では、主だった武将が集まり、軍議が執り行われていた。
冒頭に信長は、
「いよいよ美濃、斎藤竜興勢を我が配下に置く日が近づいてきた。そのための軍議をする。では、丹羽より進めよ」
「はっ!」
「まず、岐阜の攻略には斎藤竜興の館を攻め滅ぼす事が必定。
されど前面の敵もさることながら、難攻不落の城を落とす前には、より多くの調略活動と情報収集、そして美濃中枢を攻略する足掛かりとなる出城を、竜興の領土内に築くことも必須である。
おのおの方の意見を聞きたい。何か策はないか?」と発した。
だが、誰も意見する者が無くシンと静まり返っている。