専門性の高い分野に訪れた「IT化」の厳しい波
第四に、診療ガイドラインなどの普及によって、医療のコモディティ化(汎用品化)が急速に進展したことが挙げられます。コモディティ化とは、特定のジャンルにおいて、どの商品の品質も同じように高まると、顧客にとって代わり映えしなくなってしまう状態を指します。
日常的な例としては牛丼がいい例です。各社の競争が激化し、一時は牛丼1杯が280円という状態でした。どこの牛丼屋で食べても大して味は変わりませんので(コモディティ化)、低価格競争に陥り、業界全体が疲弊します。
私は非アルコール性脂肪性肝疾患(non alcoholic fatty liver disease:NAFLD)/非アルコール性脂肪肝炎(non alcoholic steato hepatitis:NASH)を専門としており、日本消化器病学会や日本肝臓学会において『NAFLD/NASH 診療ガイドライン2014』、『NASH・NAFLDの診療ガイド2015』などのガイドライン作成委員会の委員を務めていますので、診療ガイドラインの作成を否定する立場にありません。
全国どこでも、誰もが同等の医療レベルを享受できるといった公平性の観点からは望ましいことですが、医療がコモディティ化されることで、医療機関間の差別化が困難になるというジレンマが存在します。ガイドライン通りの標準医療であれば、地域の診療所でも大学病院でも、専門医でも非専門医でも医療の内容に差異がなくなります。
これまで大学病院と言えば一般の病院ではできないような高度な医療機器や専門的医療を提供することで、他の一般病院との差別化を行ってきたわけですが、医療のコモディティ化によって差別化が困難になってきたわけです。
専門医であるがゆえに学会で作成されたガイドラインから外れた治療は行いがたくなり、高度医療施設において一層のコモディティ化が進みます。
第五に、患者が医療消費者として、高度かつ多様な医療サービスを求めるようになってきたことが挙げられます。
近年、医療者は、医療のレベルや知識の向上に費やす時間よりも、患者への説明、同意書の作成に膨大な時間を費やし、さらに接遇面でも高級ホテルやレストランなみの対応が求められるようになっています。
医療もサービス業であり、顧客満足度は重要ですが、医療は他のサービス業とは異なり公共性が強く、しかも病院側が価格を決定することができません(自費診療は別ですが)。通常のサービス業のようにお金さえ出せば高度なサービスが提供されるという状況にありません。しかし、このことがお金を出さなくても高度なサービスを要求していいという誤った状況を作り出しています。