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「それだけの公正を期したということですね?」
「その通りだ。この設計コンペの審査はいつになく面白かった。審査初日から、我々は登録ナンバー145番とはいったい誰なのかと、ずうっと考えていたのだからね。実は一次審査のときからこの案は話題を独り占めしていた。最後の最後にルッシュ会長立会いのもと、登録ナンバー145番の封筒を開封したら、ピーター・オーター氏の名前が書かれていたという具合なのさ」
「ピーター・オーター?」
「全く無名と言っても良い建築家だ。オーター氏は現在六十七歳。英国のグラスゴーで小さい事務所を主宰している。しかし少々変わった人間のようでね、当選発表後、インタヴューに駆けつけた各国の建築雑誌記者やジャーナリストには、誰一人会おうとし なかったらしい。依頼された原稿は、後日必ず書いて送るという説明を、全て奥さん一人で対応したそうだ。そんな状態だから、オーター氏が初めて公に姿を現したのは、この設計コンペの授賞式の日だった。もちろん、審査委員長である私にしたって、その日が初対面というわけだった」
「ピーター・オーター氏とはどんな人物だったのですか?」
「いや別にどうってことはね。ほら見たまえ、ここに小さく載っているだろう、この男だよ」
そう言って、磯原は最後のページに掲載された一等当選者の簡潔な挨拶文と、その上に掲げられた小さい顔写真を指差した。
「ほらこの通りの顔だ。細身長身の男でもの静かな紳士。そう、英国流に言えばまさにジェントルマンかな。オーナーのルッシュ会長も、会場で彼と話すことができて大変満足していた。恐らくこれは二十一世紀の初頭を飾る話題の世界的建築となるだろうからね。
かのオーターさんだが、最初は無口な人物かと思っていたが、話してみると、これが意外に歯切れの良いテンポのしゃべり方でね。そうだな、調子の良いイタリア語風のイントネーションが感じられる具合だったよ」