【前回の記事を読む】事故から1年。喋ることができない息子は「要らない」「イヤだ」を示すために振り払う。その腕は母親の顔を直撃した
第三章 噂
「専門外のことを不用意に喋るんじゃない!」
今まで聞いたことがないくらい、語気を荒げた言い方だった。
「すみません」
奥井が頭を下げると、広澤はいつもの温厚さと微笑みを取り戻し、透を乗せた車椅子を押してやってきた。
「お母さん、いろいろご心配かもしれませんが、順調です。少しずつ前進していますから大丈夫。焦らないでくださいね。くれぐれも、ドクターの指示はしっかり守ってください」
「わかりました」
車椅子に座った透は、その様子をじっと見つめていた。
***
主治医の坂本から久しぶりの呼び出しがあったのは、それから数日後のことである。
(自呼吸の訓練を始めるのかしら? 広澤さん、ああは言っていたけど、ドクターに話をしてくれたのかな)
まさ子は淡い期待を抱いて相談室に入っていった。だが坂本が切り出したのは、全く別の話題だった。
「城田さん、二人部屋に移りませんか?」
「はい?」
なぜ今のままではいけないのだろう。まさ子は今の部屋に満足していた。清潔で明るく、差額ベッド代も不要な六人部屋。
一年いるうちに透は「古株」になって、最近は、患者の入れ替わりの際に窓際のベッドに変えてもらうこともできた。最近は、リハビリ仲間の達也が遊びに来ることもある。
「いかがでしょう?」
「すみません、急なことで考えがまとまらなくて。今のままではいけないんでしょうか」
「それが……」
坂本が言い淀んでいると、同席していた女性が説明を始めた。