【前回記事を読む】アフリカ民族の寿命は短い。生まれても体が小さく、栄養失調で死ぬ子どもは3割以上。コレラやHIVも蔓延し、平均寿命は30代後半だ

第一章 ジンバブエ

ミカ・ホショ

コピーの丘で有り余るほどの時間、ひたすら落日を待っている。時は初夏。見下ろす街は、ジャカランダが暮色に溶けてミカの涙でにじんでいる。自然はミカを、この地にただ一人放り出しているような孤独を感じ、無力な自分を情けなく思い、また、これからの家族のことを考えると、激しい恐怖に苛まれる。

薄紫のジャカランダの海に沈めた空虚なミカの胸中に、いつかマダムから聞いた日本の詩の一節がよぎった。モーニング・ミーティングが終わった後だっただろうか、確か側にキャサリンもステラも居た。ムビラの旋律のようにもの悲しく、人間の存在の小ささを感じた。現実の人生の冷たさと、人が常に切なく求める温かさを。

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと 風の吹くなり

時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかって
りんりんと私の乳母車を押せ

三好達治「乳母車」

あの時、マダムが「乳母車の中のおさな児は『小さな力なき弱き者』を、また、母は、『大きな神の愛』を象徴しているようにも思えるわ」と言っていたのを想い出す。キャサリンもステラも深く頷いていた。

静かな落日は最後の光を地平線に浮かべている。太陽の陽光に身も心も溶かすような、あの一昔前の感激を感じることは無い。消えて無くなるような無力感の中で、ほの暗い暮靄にすっぽり包まれたミカは悄然と佇む。日没後、黄昏が迫ってきて、あたりが暗くなっても動く気力さえ無い。ただ風は空をそうそうと渡る。

そうしたある日、道ばたの掲示板の新聞に目を通していたミカは、思いがけない記事に心奪われた。二週間後に旧都ブラワヨで国際会議が開催される。会議に関わる諸々の仕事に関する募集が明日から開始される。さらに、気が遠くなるほどの喜びは、その会議に天海(あまみ)大使夫妻も参加されることが書かれていたことだ。

タウンシップの家に走り帰って、妻のカティアに電話で事情を話すのももどかしいほど、ミカは興奮していた。そして、とにかく、職を求めてブラワヨへと旅立つことにした。