「事務員の本間と申します。実は、現在六人部屋がどこも満杯なんです。これだと新しい患者さんを受け入れられません。城田さんだって担ぎ込まれた時、個室しかなかったら困ったでしょう? とにかく救急の患者のベッド数はある程度確保したいんです。それに、ねえ先生?」
本間に促され、坂本は付け加えた。
「透くんの容態は、今固定しつつあると言ってよいでしょう」
「どういう意味ですか?」
まさ子が〈固定〉という言葉に気色ばむ。坂本は慌てて言い換えた。
「安定している、という意味です」
「安定していると、二人部屋なんですか」
「と申しますか……」
脳外科医の坂本からすれば、すでに透への外科的治療は終わっている。これ以上、外科的な治療で透の症状を劇的に改善することは考えられない。だから病院の事務方から六人部屋の回転を考えてベッドを空けろと言われれば、確かに一理あると思うのだった。
(しかし「固定」という言葉を使ってしまったのは失敗だったな。家族には酷だった。だが「安定」でも納得してもらえないとなると……)
坂本は、さらに言い方を変えた。
「ここからは治療というより、リハビリをして自宅療養を目指す、という……」
「自宅療養? 退院……できるんですか?」
まさ子の目が輝く。
(期待させすぎたかな)
坂本は、少しトーンを落とした。
「まあ、今すぐに、というわけではありません。が、それを視野に入れて、という段階に入ったとお考えください」
「でも、まだ呼吸が。カニューレっていうんですか? あれがあると、喋れないし。あのまま家に帰っても、私、どうしたらいいか」
「そうですね。以前もお話ししたかと思いますが、透さんが損傷した延髄というところは、脳の中でも生命維持に関わる重要な部位なんです。ですから、自呼吸を取り戻すのは、ある意味一番重要かつ難題と言わざるを得ません。……とはいえ、状況も〈安定〉していますので、そろそろ自呼吸の訓練も始めましょうか。まず、スピーチカニューレという、声を出せるものに切り替えて、少しずつ様子をみながら練習していきます」