下手に記憶が蘇ったら困るから知らないに越したことはない。しかし、いざ面と向かって話すとなるとどう切り出せばいいものか。
「涼子、その、なんだ……色々苦労を掛けたな」
いや違うだろ。今言うべきことがそれか?
「なぁに? 急に改まっちゃって。らしくないわよ。明日雨でも降るの?」
それ見たことか。慣れないことをするとこうなるんだ。涼子も涼子で失礼だが、そんな風に遠慮なくものを言ってくれる人間は実のところ相当ありがたい。出世なんてほどほどで良かった。昔は馬鹿なことばかり言い合っていた同期の奴らも、俺が昇進を重ねるたびに大人しく、遠慮がちになっていったんだから。
「でも本当にどうしたのかな。夢……なんでしょうけど、どうにも腑に落ちないし」
「まぁ夢ってのはそんなものだろう。心配いらない。目が覚めたら何もかも忘れてるさ」
そう。何もかも、な。
「私、夢で見たことって結構憶えてるタチなのよ。あなたも知ってるでしょ」
「や、そうだったかな。そうかも、しれんな」
俺が歯切れの悪い返事をすると涼子はいよいよ表情を曇らせた。それに加えて下から俺の顔を覗き込むように腰を曲げている。その上目遣いに俺は弱い。
確かに出会った頃と比べると肌のハリやツヤは衰えてきたが、年下の女が男に甘える時のような目だけは変わらないんだな。もう少し甘えて欲しかったが今さら遅いか。
「ねぇあなた、さっきから様子がおかしいけど私に何か隠してない?」
次回更新は1月31日(土)、11時の予定です。
【イチオシ記事】「明るくて…恥ずかしいわ」私は明るくて広いリビングで裸になる事をためらっていた。すると彼は「脱がしてあげるよ」